8976 「日本人が段々馬鹿に」という話 岩見隆夫

年末年始、いくつかの会合に出掛けてスピーチやあいさつを聞いた。オリンパスと大王製紙を枕詞に使うケースが多いのに気づく。
「あの二つは特異なことで……」と言いたいらしい。私たちの企業は、私たちの社会はまだまだ健全というのである。たしかに両企業を襲った事件は、ことの意外性といい、金額の嵩といい驚きだった。企業倫理以前の狂態を思わせた。
だが、本当に特異なことで片づけていいのだろうか。いまの社会を蝕み始めている何かが隠されていないだろうか。小さい話を一つご紹介しよう--。
『世直しかわら版』という月刊冊子の新年号に、会社役員の渡邊真人さんが〈日本人が段々馬鹿になる〉のタイトルで小文を寄せている。定期券の写真が一枚添えられていて、
〈これは大阪地下鉄堺筋線の「南森町」から「北浜」まで一駅区間の定期券だ。大阪の人にはわかることだが、一キロメートルもないほどの歩いていける距離。少し東にはアーケード付天神橋筋商店街があり、雨の日でも半分ぐらい傘なしで歩ける。こんな定期券を持つ意味はほとんどない。
が、ある上場企業では、社内ルールで六カ月四万三千四百二十円もする定期券を持つ必要があるそうだ。そして、多くの上場企業では、ごく少数の小さな悪さから、次々と不思議な規則が作られる。……〉という書き出しである。
小文によると、この定期券代は以前通勤費として給与とともに振り込まれていたが、小さな詐欺が発生した。某社員が定期券を買わず不所持でいたことがばれたのだ。この事件以降、会社は全社員の定期券を現物支給に切り替えた。
その後、次の悪さが発生する。現物支給の定期券を払い戻して現金に換え、自転車で通勤する者が現れた。会社は防止策として、全社員に三カ月に一度、定期券をコピーして提出させるルールを作った。
この結果、某社員は〈一駅区間の定期券〉を持たなければならなくなった。だが、当人は健康と気晴らしのため毎日歩いて通勤し、定期券を使ったことがないという。
渡邊さんが続けている。〈ごく少数の問題が全体に波及し、性悪説による問題回避のルールが出来あがる。みんなが段々性善説を失い、くだらないルールに縛られていく。無駄と不活性ばかりが再生産される。これでは、性善説をもって世界に輝いていた日本は、先行きが暗い。
いまや摩訶不思議なルールを疑わない日本人が増えている。最低レベルの人の行動規範に生活が慣らされ、日本人が段々馬鹿になる〉と。
◇定期券問題だけでない柔軟性を欠く組織病
この定期券騒動はどこがおかしいのだろうか。通勤定期は現金支給でも現物支給でも構わない。問題は現金から現物に切り替える際の会社側の感覚だ。
歩行通勤が可能な会社近辺に住んでいる社員は限られている。その人たちは定期券を買う必要がない(なかには近くても電車で、という人もいるだろうが)から、定期代として支給された現金をほかのことに役立てる。
会社としては定時に出社してくれればいいわけで、そのための定期代だから、電車の代わりを足が果たしていると考え、歩行代と解釈すればすむことではないか。渡邊さんは〈小さな詐欺〉と書いているが、それほどの悪事とは私は思わない。
ところが、会社側は、少人数でも定期代の流用を黙認すると示しがつかない、秩序が保てない、と大げさに反応したらしい。ばかげた組織防衛本能というほかない。
次に現物支給の定期券を、使う必要がないから払い戻して現金に換える行為も、大したことではない。私も昔、やった経験がある。記者稼業の特殊性で自宅と会社を定期券で往復することがほとんどなく、換金していた。ただし、当然別の交通費が必要となるので、それに充てる。流用ではあるが、詐欺的行為ではない。
しかし、鈍感な会社側は換金を予見できなかった。それを知ると、不正行為とみなし、あわてて換金防止のため定期券のコピー提出を決める。これほど間の抜けた対策はない。たしかに換金は防げたかもしれないが、不使用の社員一人につき四万円余(六カ月)が死に金になってしまった。
社員の一部にはマイカー通勤もいるだろう。定期券の一括支給なら、換金してガソリン代や駐車代に充てるのはごく自然なことで、それこそ有効活用というものである。しかし、会社は認めたくない。全社員を〈定期券で通勤する集団〉として例外なく扱うことが、組織維持のルールとして肝心なことと思い込んでいる。すべての会社がそうだとは思わないが、この傾向は定期券問題ばかりでなく随所に読み取れる。柔軟性、融通性を欠く一種の組織病だ。
渡邊さんの問題提起は極めて示唆的である。オリンパス、大王製紙で起きたことを、私は〈狂態〉と書いたが、定期券騒動にみられる不合理のなかにも狂態の芽がひそんでいるのではなかろうか。
組織は会社ばかりではない。政治、霞が関行政、地方自治体、メディアすべて組織体だ。どこでも似たような現象が起きている。ひと言でいえば動脈硬化、血液がスムーズに流れない。
東日本大震災で発生した宮城、岩手両県のがれきをほかの地域で処理する広域処理が進んでいないという。岩手県では十一年分、宮城県では十九年分のごみに相当するがれきが出た。しかし、がれきが放射能に汚染されているとの不安が根強く、東京都と山形県しかまだ協力していない。
ネックは国の安全基準に対する不信だ。なぜ不信が広がってしまったのか。たどっていくと、定期券騒動と同じような組織病に行きつく。環境省という組織が、
「大丈夫だ」と保証しても信用しない。一例である。渡邊さんは、日本人が段々馬鹿に、と言うが馬鹿になる前に、国全体が狂態に陥る恐れがある。(サンデー毎日)
杜父魚文庫

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