産経新聞に防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛氏が一文を書いていた。テレビの国会中継で田中直紀防衛相のお粗末ぶりが知れ渡ったが、やはり野田首相の任命責任が指弾されるべきだろう。
<<防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛 「3人目の防衛相」をどうするか>>
野田佳彦首相が「自衛官の倅(せがれ)」であることは本人の言もあり、よく知られている。戦後日本で初めてだし、事柄自体、自衛隊最高指揮官たる野田首相にとり無形の重要資産たり得る。総員22万余の自衛官にとり心の弾む朗報だし、彼らの日々の隊務にも自然と好ましい影響が及ぶだろうからだ。が、その資産は生かされているか。
≪「自衛官の倅」資産ガタ減り≫
野田首相は就任5カ月弱にして一川保夫、田中直紀とすでに2代の防衛相を製造、その都度、自分の貴重な資産をガタ減りさせている。先代防衛相は自他ともに認める素人。当代はそもそも並みの素人の域に達していない。絶対的不適材。その初の答弁舞台となった衆参予算委では一から十まで無知丸出し。沖縄防衛局長「講話」事件関連で連日報じられた田中防衛相の信じがたい言動には、外野席の私でさえ目を掩(おお)い耳をふたぎたくなる。いわんや大臣の下の現職の自衛官においておや、だ。
首相となった「自衛官の倅」に言い知れぬ親近感を抱いた分、その首相の任命になる防衛相の醜態は、彼らの気を滅入(めい)らせている。揚げ句、何でこんな大臣を任命するんだと、首相に対する彼らの親近感は急速に失望感に変わりつつある。ここには書かぬが、私にはそれが確実に伝わってくる。野田首相は結果として「不適材配置」をやったことを、内心悔いているはずなのに、「適材適所」と言い張るから、なお悪い。
幻滅的な防衛相任命が連発された原因はどこにあるか。防衛相に限っては、なぜか首相自身が人選に当たらず、輿石東・民主党幹事長作成の参院枠「入閣適齢期」人材名簿に義理立てしたところにある。幹事長は幹事長で、自分は「参院枠」候補者を挙げたまで、個別閣僚選定の責任は負っていないと言うであろう。つまり、「不適材」選定の責任は曖昧模糊(もこ)としていて、全体が党内融和なる摩訶不思議(まかふしぎ)な空気のうちに運ぶ。
≪素人で結構、人材か見極めを≫
「不適材」防衛相は防衛相で、もともと武人集団の上に立つとは夢想だにしなかった御仁だろうから、世の嘲笑を浴びても切腹など思い至らない。屈辱にひたすら耐え、「内閣改造」による御役御免の日を待つのだろう。その日は間違いなく近い。2度あることは3度ある。だが、3度目の防衛相人選の失敗が首相に及ぼすダメージは政権にとり、過去2回の怪我(けが)とは違い致命傷になりかねない。
素人、素人以下と2代の防衛相が続いたので、世人は「素人ではダメ」と考えがちだ。無論、安保・防衛通の防衛相起用が一般論としては望ましいに違いない。が、「素人だからダメ」と決めつけるのは間違いである。素人大いに結構。問題はその素人がどういう人材かである。任命権者たる首相は当該素人の人材テストを省いてはならない。野田首相はそれをやらなかった。これは罪である。
公平を期そう。自民党は、62年余の防衛庁・省、自衛隊の歴史のうち57年間、政権を担当し、延べ71人の長官、防衛相を任命した。ほとんどが素人だった。問題人物もいた。大平内閣時代の某長官は慎重を期して、「重大な問題でございまするので…防衛局長から答弁させます」と答弁、後世まで語り草となった。確かに、それは恥ずかしい光景だった。おまけに、この長官は「宮永陸将補スパイ事件」で引責辞任した。
ただ、私は今日、この長官の評価を改めている。私は後年、この人物が議員引退後、国会図書館で静かに防衛関係資料を読みふける姿を至近距離で目撃、異様な感動を覚えた。長官時代の迷答弁を反省する姿を見た思いだった。
≪功績残した門外漢の坂田道太≫
三木内閣の坂田道太長官も就任時には-本人も自認したように-防衛安保のズブの素人だった。東大紛争時の文相として名を上げた「文教の坂田」だったから防衛庁長官任命には事情通は首を傾(かし)げた。が、長官就任後の坂田の研鑽(けんさん)努力は尋常ではなかった。歴代最長不倒の2年余の任期中に庁務を完全掌握し、日米安保体制にとっても国民の防衛意識涵養(かんよう)でも、かけがえのない功績を残した。
シュレシンジャー米国防長官との協議で後の「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」のレールを敷き、民間有識者による「防衛を考える会」を設け、「基盤的防衛力構想」を推進する。防衛白書の各年刊行化を含め、全て坂田の足跡である。冊子『小さくとも大きな役割』を自ら執筆し、国民啓発に努めた。が、それがすべてではない。
表に出ない坂田が重要だ。私は長官時代の坂田私文書を点検して驚いた。坂田長官は頻繁に各地の部隊を訪ね、若い隊員に語りかけ、訓練場で地べたに腰を下ろして酒を酌み交わした。東大独文出身らしく、そんな機会にゲーテを語ることが多かった。隊員は驚きもしただろうが、「この長官のためなら」と思ったことだろう。
野田首相よ、3人目の防衛相が素人でもよろしい。が、素人にもいろいろある。人柄、能力のチェックだけは怠るな。それが「自衛官の倅」を生かす道なのだから。(させ まさもり)
杜父魚文庫
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