何が危機の本質なのだろう? 通貨への信任が激減していることではないのか?信用が希釈化すれば、経済は現物への投機と安全な通貨へひた走る。
2009年の北朝鮮で実施された「通貨改革」とは十万ウォンが新10ウォンと交換できるという措置であった。何のことはない、旧札はいきなり紙屑となった。一万分の一に貨幣が減価されたのだから(もっとも北の通貨は、かの人民元とさえ交換できない)。
第一次大戦に敗れたドイツはワイマール共和国、世界最高の民主主義を謳ったが、賠償金支払いのため、猛烈なインフレの急襲を受け、リヤカー一杯に札束を積んで買い物に行っても、コッペパン一個しか買えなかった。辛辣なジョークは「入ったときの値段が、その店を出るときにはもう値上げとなっていた」。日本でも戦争直後、「新円切り替え」が強行され、旧札の価値は一方的にさがった。
▼近年の典型例はロシア、ジンバブエ、そしてインド
ロシアは冷戦に敗れ、通貨ルーブルは1989年あたりまでが一ドル=240円(強制両替の人工的レート)、ベルリンの壁崩壊直後は60円、そしてあれよあれよと騒ぎが大きくなるうちに固定相場が崩れ、1ルーブルはただの1円に。そして12銭になるまで落下した。2000分の一にまで減価した挙げ句、「新ルーブル札」が登場した。
筆者はこの端境期に五回ほどロシアへ行ったので毎回、通貨交換レートに悩まされながらも、闇レートで調達した通貨で、国営ホテルで食事すると只も同然だった。たとえば、いま一缶が200ドル以上するチョウザメの卵(キャビア)が20ドルだった。ウォッカのストリチヤーナが一瓶200円とか。
ペレストロイカの結果、一ドル=16新ルーブル(当時のレートで1ルーブルは12円)でスタートしたエリツィン時代の新ルーブルはいまも通用するが、一ドル=29・7新ルーブル(つまり1ルーブルが2円70銭=12年2月14日、為替レートの数字は英誌エコノミスト、2月11日号)程度に落下している。それでもロシアの通貨が流通できるのは資源大国として原油とガスを輸出しているからである。
これが無資源国となると目も当てられない。
インドは経済躍進、GDP大飛躍が伝えられるが通貨ルピーは低空飛行のまま、1米ドル=49ルピー(つまり1ルピーは1円50銭)、この不思議な為替レートの怪は、台湾、韓国、香港でも顕著である。中国は鼻息が荒いと雖も対日本円では、為替レートが減価さえている。
つまり数年前に1人民元は16円、現在のそれは12円40銭。かようにして世界中で日本の通貨『円』は独歩高である。
最悪の例はジンバブエである。独裁者ムガベが統治するこの国は通貨の信用性がゼロ。国際的評価だけではなく、ジンバブエ国内でも通用しない。
「100000000000000(百兆)ジンバブエ・ドルが09年一月に30米ドルとかろうじて交換できた。世界歴史上も例がないと言われ、0が14も並ぶハイパー・インフレの猛威に襲われ、ジンバブエ・ドルは壊滅した。以後、同国で流通するのは米ドルである。そしてムガベのジンバブエ・ドルは、トイレット・ペーパーとして燃やされた」(フィリップ・コッグガン『ペーパー・プロミス<空証文>』、本邦未訳)。
▼通貨の信頼はなにから産まれるのか?
結局のところ、通貨の信任は、それを発行する政府への信任から産まれ、信任による歳入との調整で通貨の真価が問われる。貨幣はいまや金とも銀とも交換できない紙切れであり、当該国家の創造性が信任を運ぶ。
この定石をはずれて、弱い政府、間違った政策を遂行する政府(つまり日本)の通貨がなぜ世界中から信頼を受けているのか。それは対GDP比で赤字国債の累積が、あのギリシアやスペインやポルトガルよりも高いのに、S&Pの格付けがランク落ちとなっても、なお円高なのはなぜ?
第一に赤字国債を対GDP比ではかることの間違いである。
つまり対外債務がリスクであっても、日本の国債は95%が国内で消化されており、くわえて日本は対外債権国、その債権は250億ドル内外である。
第二に純粋の赤字国債は、390兆円前後と推定され、建設国債などを含まないのが世界標準であり、日本の赤字を欧州各国と比較するのは基本がおかしいのである。財務省の宣撫工作にひっかかりませんよう。
第三に日本は世界の機関投資家からは信頼を寄せられており、円への投資は、ファイナル・リゾートとして、昨今はスイス・フランより評価が高くなった。
日本の不景気と対照的に、この通貨への信頼の強さは一種アイロニーではないか。(おわり)
杜父魚文庫
9099 不景気と対照的に日本の通貨への信頼の強さ 宮崎正弘

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