ワシントンの政策決定が如何にして、ウォール街の強欲資本主義者に乗っ取られ、アメリカ経済が破産寸前までの巨額負債をどっかりと背負い込まされたか・・・題名から受ける印象はいささか粗野で、乱雑な先入観を抱くが、読んでみると中味は精密、さすがにアメリカ政界と経済の裏事情に詳しい著者ならではの作品で、最新情報が満載されている。
それも裏舞台に暗躍する人々を藤井氏は活写している。ウォール街を占拠した左翼の運動は「吾々が99%」というスローガン、もともとオバマ支持者が多い民主党寄りの人々なのに、理想を脇に置いてウォール街を優先したオバマ政権に失望したからである。
ウォール街の猛者たちは強欲資本主義、カネさえ儲かれば倫理も論理もへったくれもあるものか、という無軌道ともいえる金融工学優位、カネがさかえる新資本主義が「グローバリズム」の真骨頂というわけである。この1%の猛者が米国金融界ばかりかアメリカ政治を牽引しているのである。
藤井さんは日本のメディアの米国経済分析に奇妙な符号があることに気がつく。日本の経済政策、金利政策、為替政策が微妙にしかし濃密にウォール街の論理に立脚しているという驚くべき事実。
主権を放棄しているかのごとき対米追随である。こうして「ドル安、ワンワールド主義、フェイスブックは米国スパイ網構築という陰謀」等々。いったい日本は、この野蛮な経済にいつまでつきあうのか?
以下は本書の要点。
ウォール街とワシントンは裏で繋がっている。もともとウォール街は共和党の金城湯池、それが巧妙老獪なクリントン政権でルービンが財務長官となってから民主党もウォール街重視となった。
第一はウォール街からの献金の魅力。
第二は議員が引退したら、あら不思議、ウォール街の大手企業幹部に天下りという甘い汁。
第三は議会、行政府とウォール街の「人事交流」である。
「選挙資金集めで貢献すると、政府内の高いポストを要求することも出来る。そのパイプを通じてウォールストリートの経営幹部たちがワシントンで辣腕をふるい、政権に一定期間留まったあと、再び、ウォールストリートに復帰する」。つまり日本で言う『天下り』である」(100p)
「店頭デリバティブの規制緩和を大胆に進めたウェンディー・グラムCFTC委員長は、引退後、エンロンの取締役」となった。
「ウィリアム・ティーラーは個別株先物取引の規制緩和に尽力し、(中略)ワン・シカゴのCEOに就任」した。
「NY連銀のジェラルド・コリガンは、ゴールドマンサックスのパートナー兼シニアエグゼクティブに昇進」した。ことほど左様に、その「癒着」の構造は枚挙にいとまがない。
レーガン政権初期の財務長官はドナルド・リーガンだった。ウォール街からやってきたが、献金の貢献によった。彼はメリルリンチの会長だった。しかし、この時代、リーガンは功成り名遂げた業界の象徴であっても、現役ではなく、現実のウォールの情勢には疎い。名誉職である。
二代目の財務長官はベーカー(首席補佐官だった)、かれはテキサスの石油成金で、ウォール街には疎く、それよりも宮沢をよびつけて為替レートの人為操作を追認させ、日本が円高で苦しもうが、輸出企業が倒産しようがしまいが、アメリカ優先の経済政策を舵取りし、プラザ合意を日本に強要した張本人である。
パパ・ブッシュとのきのブレーディ財務長官も金融界出身だったが、現場とのあいだには距離があった。ベーカーはブッシュ政権になると、国務長官に横滑りして辣腕を振るった。
政権とウォール街の露骨な癒着が生じたのは、むしろ民主党政権下、とりわけクリントン時代からだ。
クリントン政権初期は議会の大物ベンツェンを財務長官に充てたが、同時にウォール街からボブ・ルービン(ゴールドマンサックス共同代表)を経済諮問会議議長として、経済政策諮問を担当させた。
ベンツェンが引退するや、ルービンはさっと財務長官に横滑りし、数々の規制緩和をやってのけた。つまりウォール街の活動をより自由に、あるいは強欲資本主義が徹底できるような規制緩和の旗振りをさせたのである。
ブッシュ・ジュニアは聖書から三十数カ所も就任演説に引用したように敬虔なキリスト教徒としてのモラルを求め、財務長官を当初はウォール街からは選ばなかった。ところが実業界出身のスノーやオニールはウォール街と対立して、景気回復がままならず沈没、そこで豪腕ヘンリー・ポールソンの登場となる。ポールソンは直前までゴールドマンサックスの会長、それまでに北京へ70回も飛んで中国の銀行を香港、NYに上場させ、しこため手数料を稼ぎだした辣腕経営者。
ポールソンのときリーマンショックがおきたが、ベア・スターンズを救わず、つぎに強敵(つまりゴールドマンサックスのライバルだった)リーマン・ブラザースの倒産も放置した。ところがAIGは救済するという露骨な政策を実施した。これぞ「AIGと巨額の取引を行っていたゴールドマンサックスそのものの救済であった」(105p)。
そしてオバマ政権はウォール街を規制するどころが、ウォール街の献金に期待し、ウォール街の期待通りの規制緩和に姿勢を転換させ、またもやウォールから財務長官を選択した。
何のことはない、いまのティモシー・ガイトナー財務長官はルービン人脈、そのうえ、オバマへの政治献金を背後でまとめたのはルービンの息子、みえみえの装置が背後で動いたのである。
もうひとり「ルービン人脈」の生え抜きがローレンス・サマーズ(クリントン後期の財務長官)で、かれは傲慢なうえ独走的でかなり評判が悪く、その後、ハーバード学長におさまったがパワハラ問題で辞任し、いままた「世銀総裁」の椅子を狙っている。
藤井さんは「ルービンこそは、オバマ政権誕生のキングメーカーの一人」であると断言している。つまりアメリカ政治はウォール街に振り回されているのである。そして、こういう背景を知れば、なるほど本書の題名が「バカで野蛮」というのは納得がいくのである。
杜父魚文庫
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