国会論戦は政治の華であるはずだが、精彩がない。はずまない。質問者、答弁者双方の中身が薄く、ことに質問者だ。
「×日付の××新聞には××と書いてあるが……」といった聞き方を平気でする議員が増えている。先日も、古参議員が、
「最近の予算委員会は、もうNTTですからなあ」と慨嘆するのを聞いた。
NTTとは。新聞(Newspaper)記事に頼る。テレビ(Television)中継ばかり意識して、ボードを必要以上に多用する。そして時流(Trend)に乗りたがる。はやりのクイズ番組にあやかる質問をしたり、首相に禁煙を勧めてみたり。
いずれも真剣勝負になっていない。ウケを狙い、自身をPRしようとしている。
ところで、かつて衆院予算委などを引っかき回した一人、旧社会党の楢崎弥之助(旧福岡1区)が2月28日、91歳で死去した。16年前に引退したが、最後まで政治活動をやめず、昨年は上京して菅直人首相に辞任を迫ろうとした。しかし、会えず、民主党の全国会議員に菅への辞職勧告文を送っている。
新人のころ、社会党の先輩議員、横路節雄(孝弘衆院議長の父)、岡田春夫(元衆院副議長)らから、
「おい、朝読んだ新聞で質問するようなことは絶対しちゃあいかん。自分で調べてからやれ」と厳しくしつけられた、と後に楢崎が語っている。
横路、岡田は松本七郎、飛鳥田一雄、石橋政嗣とともに、社会党の<安保5人男>と呼ばれ、1960年の安保国会で縦横に暴れた。楢崎はこの年に初当選したが、あのころは先輩が教育係を務めている。
からみつくような粘っこい言い回しと意表をつく質問で追い詰めていく楢崎流から<国会の爆弾男>のニックネームが定着した。爆弾だから不発に終わることもあるが、楢崎がマイクの前に立つと、閣僚席は緊迫した。何が出るかわからない。主舞台になったのは、ロッキード(76年)、リクルート(88年)両事件、専門の防衛問題の数々。マル秘文書がしばしば飛び出した。
引退後に楢崎が言っている。
「本当はね、極秘文書なんて持たん時もあった。それを堂々とあるような顔して、『資料を出せっ!』と。すると、向こうは『あいつのことだから、隠し持っているに違いない。後でばれたらまずい』と。
それでどんどん資料がストックされていくんですな。もちろん情報の出所は絶対に守る。もらった情報は必ず役立てる。これが秘訣(ひけつ)です」
しかし、出所が守られなかったケースもある。いまTBSテレビ系列で評判のドラマ「運命の人」がそうだった。71年、社会党の1年生議員、横路孝弘が毎日新聞記者から沖縄密約に関する外務省極秘公電のコピー2通を入手、衆院沖縄特別委などでコピーをかざし、公電の提出を求める。だが、政府側は、
「あるはずがない。コピーを見せてほしい」
と逆襲してくる。横路を支えていた楢崎、大出俊ら同党の軍事プロジェクトチームは見せるかどうかで激論し、見せるのに踏み切る。
72年3月、予算委の秘密会で、福田赳夫外相立ち会いのもと、吉野文六アメリカ局長と公電の突き合わせをしたのは楢崎だ。その結果、出所がばれる。楢崎は、
<マスコミは横路君を非難したが、責任を問われるのは私だ。しかし、私たちはコピーの入手経路について、いまだ一言も明かしていない>
と著書「爆弾質問覚書き」(学陽書房・79年刊)で釈明した。爆弾男にも功罪両面あったが、いまはそこまでいっていない。(敬称略)
杜父魚文庫
9287 「新聞記事で質問するな」 岩見隆夫
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