9362 いま光る「福祉国家亡国論」 古森義久

日本でもアメリカでも最大課題の一つは国民と政府の関係をどのようにするかです。政府が国民の世話をどこまですべきか。福祉はどうすべきか。
この課題には完璧な解答は永遠にないでしょうが、留意しておかねばならないのは、政府といっても民主主義国家ではしょせん、国民のことです。
政府が支出する公費は国民が負担しているわけです。だから福祉のあり方も国民の間での負担の配分ということになります。
いまここにきての日本の福祉をめぐる議論で「福祉国家亡国論」が注目されているようです。この論を展開した代表的な人物は香山健一氏でした。
八木秀次氏が香山氏の主張を紹介し、さらに詳しい論評を加えています。
<<【正論】高崎経済大学教授・八木秀次 蘇る香山氏の「福祉国家亡国論」>>
≪マスコミの再評価始まる≫
例えば、朝日新聞はこの1月10日付で、主筆の若宮啓文氏の大型コラム「座標軸」「『日本の自殺』を憂う」を掲載した。『文藝春秋』75年2月号掲載の論文、「日本の自殺」に言及したもので、共同執筆者の「グループ一九八四年」の中心は香山氏であったと明かしている。それに呼応するようにして、『文藝春秋』3月号は「朝日新聞主筆が瞠目(どうもく)した衝撃論文」と題し、「予言の書『日本の自殺』再考」を特集し、論文を再掲載している。
私も、これらの掲載に先立つ昨年10月31日付の本欄「野田氏は大平政治の何に学ぶか」で、大平正芳内閣で民間人や官僚による9つの研究会が組織されて、 その中心に香山氏がいたこと、中でも、「家庭基盤充実研究」グループの報告書『家庭基盤の充実』(80年5月)や、報告書の土台となった自民党研修叢書 『日本型福祉社会』(79年8月)は、香山氏自ら執筆したもので、その内容は再評価されるべきものであることを指摘している。
若宮氏は 「日本の自殺」について、「論文はローマ人が怠惰になって『パンとサーカス』を求めたように、日本人は福祉や減税、平等、利便を求めて自立精神を失い、政治はそれに迎合して赤字を増やす、とやいばをつきつけた」としながら、「保守のイデオロギー色の濃いその内容には偏見や見通しの誤りも少なくなかったが、 (中略)バブル崩壊からほぼ20年。後始末に追われながら国の借金が瀬戸際までふくれたいま、『日本の自殺』がかつてなく現実味を帯びて感じられる」と概 (おおむ)ね肯定している。
「保守のイデオロギー色が濃い」だの「偏見や見通しの誤りも少なくない」だのと素直に肯定できないのは、いかにも朝日の主筆らしいが、それを言うなら、「日本の自殺」が発表された75年当時、朝日が何を主張していたのかを振り返ってみるがいい。
≪『英国病の教訓』の予言≫
香山氏の主張を一言でいえば「福祉国家亡国論」である。78年の『英国病の教訓』(PHP研究所)では「福祉国家というのは、初期においては理想に燃えて、この社会の中でハンディキャップを負っているために貧しい生活をしている人たちがいる、こういうことがあってはならない、その人たちに愛の手を差し伸べなくてはならないとか、あるいは病気に罹(かか)った人たちが非常に苦しい生活をしているのを見捨てるわけにはいかない、みんなで助けようということから出発して、非常に面倒みのいい国ができたわけなのです」と述べながら、「ところが、そういう理想に燃え、夢を実現するための動きの中で、予期せざる重大な副作用が発生し、拡大してくるという大変皮肉な結果がもたらされてきました」と説いている。
「重大な副作用」「皮肉な結果」とは、重税や財政破綻、国民の健全な勤労意欲の喪失や人間同士の絆の希薄化のことである。
『日本型福祉社会』については、「医療を無料にすれば確実に病人が増える。老人医療が無料になってから、人々は大晦日(おおみそか)に救急車を呼んで病気の老人を病院に入れると自分たちは家族そろって旅行に出掛けることを覚えた。そして首尾よく入院させてしまえばもう引き取りにこない」「公立の安い保育所ができれば、母親が子供を預けて働きに出る『必要』が誘発される。この必要に完全に応じようとすれば、保育所をポストの数ほど作らなければならなくなる。 必要があるからといって地方自治体がどんどん作り、国はその費用の2分の1を自動的に負担しなければならないとすると、国は確実に破産する」といった記述もある。
≪保守言論人は損な役回り?≫
国が1000兆円もの借金を抱え、少子高齢化で年金や医療財政の破綻が予想され、生活保護費が国や地方自治体の財政を圧迫している現在を予測した「瞠目すべき予言」である。
今の状況になってみれば、若宮氏を含めた誰もが理解できるが、これらが発表されたのは「バラマキ福祉」路線を取った革新自治体華やかなりし時代である。この頃、朝日は大衆に迎合して耳あたりのいいことばかりを言い、香山氏らの言論を「タカ派」「保守反動」「弱者切り捨て」と批判していたはずである。
香山氏らはそれに耐えながら、遠い将来を予測して言いにくいことをあえて発言していた。保守の言論人とは何と損な役回りで、朝日などリベラル派は何と暢気な稼業なのかと思う。
政府は「社会保障と税の一体改革」を進めている。しかし、それはあくまで現状を維持する弥縫(びほう)策でしかない。今こそ香山氏らの「予言」に謙虚に耳を傾け、「福祉」の抜本的な見直しに着手しなければ、文字通り「亡国」となるのは必至である。(やぎ ひでつぐ)
杜父魚文庫

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