けっきょく北京中央は温州の地下銀行の野放しを追認へ。「金融改革」は温州商人の先験的実験の成果をみてから決めるらしい。
中国の外貨準備高が連続四ヶ月、減少している。連続二ケ月つづく貿易赤字だけではなく、海外への資本流出が主因と言われる。外国企業買収、資源鉱区買収などは氷山の一角、個人や集団による外国への資産逃避、高級幹部の資産海外移転、タックスヘブン、スイス銀行等々・・・。
「そればかりか、11年下半期、中国の外貨準備は実質的に増加しなかった」(エスワー・プラサダ研究員、ブルッキングス研究所ペーパー、3月26日)
庶民には無縁の数字だが、2012年3月27日に発表された、胡潤研究院と興業銀行の共同調査『2012年番 中国高純価値層消費需要白書』に従うと、個人資産が600万元(約7800万円)以上の富裕層が中国国内で、すでに270万人に達した。
このうち個人資産が1億元(約13億円)以上の富裕層は63500人で、この富裕層が深い関心を寄せる消費対象とは、旅行、医療保険、教育。とくに子供の教育に関しては、85%が海外への留学を考えている。
▼金融改革の実験場に温州を選んだ
それかあらぬか、金融自由化、一層の金融緩和、金融システムの改革を模索する中国で新しい動きが出た。浙江省温州市は海外への直接投機、金融商品の直接的な買い付けのための投資を認める動きにあり、オフォショア市場への投機規制を大幅に緩和する。
従来、北京の中央政府はこれを認めてこなかったが、試験的に温州を先行させ、成功すればいずれ大胆な規制緩和に踏み切る腹づもりだ。
国務院が検討しているのは金融緩和の実験場として温州で新しいシステムを採用させ、次代のシステム改革の設計図として参考としたい考え方による。
こんにちまでも中国では国務院が中心となって、様々な「金融改革」なるものが講じられたが、ほとんどが失敗におわった。というのも金融の広範な知識、技術に多くが追いつけず、むしろ表の金融業より地下の金融業のほうがはびこった。
しかし温州は中央政府の方針とは無縁であり、政策の恩恵も政府の庇護もうけない商売人が巣くう。中小企業が多いという要素も強い。
逆に言えば政府の金融緩和は、温州でおきている現実を追認するだけのことでもあるのだ。
事実上、あまた浙江省に存在している「地下銀行」(私営バンク)を、政府は追認する格好で「私営銀行を認可する」とした。
国有企業は倒産の懼れがなく、最終支払いは国が保障するわけだから低利でも貸しこむことが出来るけれど、他方、民間企業、とりわけ温州のような中小零細企業が密集する場所では、国有銀行は営業成果をあげることができなかった。
▼温州人は「中国のユダヤ人」として尊敬されてきた
くわえて国務院は温州の住民が直接的に海外投資をすることも許可する方針を明示した。ただし投資の上限が設けられ、ひとりあたりの上限は300万ドル、全体でも年間に二億ドルの範囲内とする。
これまでに知れ渡った温州のイメージとは
「中国のユダヤ人」
「中国で不動産投機ブームの先鞭をつけたのは温州人」
「日本の不動産ばかりか世界で不動産投機を仕掛けたのは温州集団」
「中国のアングラマネーの四分の一は温州にある」
等々。
反対に温州への悪い印象とは、
「ゼニゲバ」
「礼儀知らず」
「投機行為に品がない」
「海賊版をつくる名人」
「新幹線事故を隠そうとした現場は温州郊外だ」
「経営がうまく行かないと夜逃げした」
「温州人に技術を丸ごと盗まれた」
実際に浙江省(温州は浙江省の南端、むしろ福建省に近い)の人々は昔から「浙江商人」といわれるほどに、ビジネスに明るく、先端的である。象徴は上海、あの国際的常識がかろうじて中国で通じる唯一の魔都。日本企業がなぜ大挙して上海に拠点を設けているか。
話が通じるからである。上海に集中する日本企業、いまや駐在だけで五万五千人(正式なヴィザを持っている日本人のみの統計)。
広東が「関西商人」であるとすれば、浙江省のまともな「浙江商人」はインタナショナル。これらと比べると、同じ浙江省の省内の人間かと訝るほどに、温州人らは独特、集中的投機が大好きで、集団で大金を動かし、意外に団結力が強い(所謂「浙江商人」とは蒋介石を囲んだ銀行、メーカー、海運業者、繊維産業などを指し、革命後、大半は香港へ逃げた)。
反面、温州人は中央政界へのコネが弱い。しからば温州のメリットとは何か?
第一は地理的特質である。地図を広げると、温州は三方を山に囲まれた自然の要塞で、宋王朝が崩壊して杭州にあった故宮がチンギス・ハーンの元王朝に乗っ取られた後は、揚子江を渡って華南へ逃げた。
その多くは客家人と言われる。孫文もトウ小平も李登輝も、リーカンユーも客家人である。
客家は、日本で言う平家の落ち武者のごとく、山深き、人里から離れた場所に、楕円形の城のような集合住宅をつくり中庭に家畜を飼い、野菜を育て、集団で暮らした。こんにち、福建省の山岳地帯から広東省北部にかけて世界遺産にも登録されたのは、こうした集合住宅である。
温州人は、この客家人とも異なり、海を越えて、この場所に膠着した人々である。浙江の言葉(上海語)を喋らず、福建北部の言葉(びん北語)を操るので、びん南語を喋る台湾商人とも、六割から七割会話が成立するという。先祖は倭寇とも、海賊とも言われるが、投機の荒っぽさから考えると、そういう説もあながち否定は出来ないだろう。
▼中央政府の施策からおおきく逸脱してきたのが温州のビジネスマン
第二に近代に入ってからも中央政府の施策とは距離をおき、浙江省のなかではただでさえ盛んな「地下銀行」が集中するのが温州である。つまり商業銀行の利息程度のインカムゲインには飽きたらず、独自の臭覚で儲かるビジネスに投資するから、預金する側としても、地下銀行のほうに預けた方が利息が高い。
これが裏返って損失となることも往々で、昨年夏から続いている温州の企業倒産、夜逃げでは、地下銀行からの借り入れが支払えず、さらに深い地下の高利貸し(マフィア)に手をだした。その高利貸しの大半の資金が公務員が銀行預金がわりに、マフィア系金融に貸し付けていた資金の集合体だったのだ。
いま、日本のエコノミストの間にも盛んに言われているが、中国の国有銀行に預金しても、それは中国の国有企業に貸し付けられるだけで、利息が低く、リスクは低いが魅力に乏しい。だから庶民さえもが利息の高い金融商品や投資信託、あげくに高利貸し系に預金する。或いはゴールドを買うという傾向が顕著である。小誌でも何回か紹介したが、金ショップの「周万福」チェーンはまもなく中国全土に5000店舗となる。
そして外貨準備高は連続四ヶ月、減り続けている。
すると銀行預金は減少し、預金不足に陥る国有銀行は次に国有銀行からの貸しはがしが出来ないため、増資するしか、残された道はないだろう。近未来の金融不安が心配される理由である。
閑話休題。温家宝首相は全人代最終日に記者会見し「金融改革、金融緩和」に関して述べたなかに、「(温州のような)非公式の銀行システムが経済全体の発展と社会の安定に貢献していない」という文言が含まれている。
しかしながら「証券ならびに債券市場も、世銀の基準にそって改革が急がれる」と中国の金融当局は認識している。
UBSは「中国の地か銀行が動かす資金は正式な統計はないとはいえ、3160億ドルから6320億ドルの間だろう」と推計数字をあげる(ウォールストリートジャーナル、3月29日)。邦貨換算で26兆円から53兆円!
もちろん、地下銀行にさえ預金されないアングラマネーは同額ほどあり、中国のGDPの20%は地下経済に与する。中国の国家統計局の公式数字は李克強(副首相)が言ったように「誰も信じていない。
杜父魚文庫
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