やはり今日になっても、心に引っかかることを書いておく。昨日三月二十九日の産経朝刊に載った新保祐司氏の「正論」である。
この「正論」は、豊かな「我が祖国の調べ」のなかにいるのに、カプセルのなかに閉じこもっているものだから、その「我が祖国の調べ」を書くことができない人の「正論」である。
その彼が入っている「カプセル」は、「西洋モデルと戦後体制の混合物」だ。実は、今我が国の政治やマスコミ界の表層にいる者達、典型的なのは、マニフェストやポストモダンやグローバリゼイションを唱える民主党に群がるチルドレンやその内閣にいる面々も、「我が祖国の調べ」を感じることができないカプセルのなかにいる。
新保祐司氏も、この同じ閉鎖空間のなかから祖国に関する「正論」を書いたというわけだ。
昨日の産経新聞「正論」を読んでいない人のために、それを要約する。新保氏は、半年間ベネチアにいて帰国し、この「正論」を書いたという(以下、「」内は原文の引用)。
まず、氏は、スメタナの交響詩「我が祖国」を愛し、祖国愛というものに思いを致すとき、「この曲はますます深い感動を与えてくれる」という。
スメタナの生きた十九世紀のチェコを思うとき、「そういう時代と真剣に向き合った人間の内から湧き上がるような祖国愛が私の心を打ち励ます」
そして、半年のベネチア滞在から帰ってみると、大震災から一年が経過している日本に関して強く思うのは「日本の精神的雰囲気のなかに、内から湧き上がるものが希薄であるということである」
この「内発性の欠如」は、我が国の近代の始まりに遡る。それは黒船来航から始まったので、夏目漱石は外発的であり内発的ではないと断じた。
「西洋文明の影響を外発的に受けて、日本人の精神は内発性が薄れていき、内から湧き上がる精神の力が言い換えれば精神のバネが破壊されてしまったのである」
ベネチアで交友したイタリア人は、「内から湧き上がるものだけは十分持っているように感じられた。生きる歓びを感じる力が溢れている。それに対して、自殺者は毎年三万人を超え、生きる力などという本然的なものまでを学校で教えなければならない日本を思った」
「内発的な生き生きした精神のなかにこそ、真のユーモアもあるいは深い喜怒哀楽も生まれるのではないか」「心ある日本人は、自らの精神の内でそれぞれの我が祖国の調べを内から湧き上がる力でもって奏でていかなければならない」
「我が祖国を外発的な義務感からではなく、深い歓びを抱きつつ、愛していなければならない」
この「正論」を読み終わったとき、私もスメタナが好きだし、祖国愛とはこういうものだとする論旨に共感もした。
しかし、新保氏のいう内発性のない「日本人」とは誰のことだと強い違和感を感じた。イタリア人(愛情を込めてイタ公という)は「内から湧き上がる力」を持っているが、日本人には無いのか。
新保さん、本当か。何処の誰を見てそれを言っているのか。
一年前の東日本巨大地震の被災地の人々は、「内から湧き上がる力」を秘めた人々であることを世界に示した。(ああいうとき、イタ公ならどうなっている?)。天皇陛下は、その「雄々しさ」に「深く胸を打たれています」と言われた。
スメタナは、「我が祖国の調べを内から湧き上がる力でもって奏でた」
日本人は、「我が祖国の調べ」を大災害被災地に顕れた「天皇と被災地の人々の絆」によって奏でたのではなかったか。日本という「我が祖国の調べ」とはそういうものだ。
ベネチアに滞在していたから、新保氏に「我が祖国の調べ」が見えないのではない。西洋モデルと戦後体制のカプセルのなかにいるから分からないのだ。
また、新保氏は夏目漱石を引用して、我が国近代を外発的で内発的ではないという。はたしてそうなのか。少しは、我が国近代化の苦闘を理解されたい。
我が国の偉業は、腹の底から湧き上がる祖国への愛と天皇への忠誠がなければ、決して達成されなかった。
明治三十八年三月十日、日露戦争における世界戦史上最大の陸上戦闘であった奉天会戦が終了した後、我が軍の戦死者一万六千余人が横たわる満州の荒野における将兵の戦死状況を、第二軍の石光真清少佐と総司令部付川上素一大尉が馬で巡視した。
その時、川上大尉が石光少佐に次のように言った。「このような戦闘は、命令や督戦でできるものではありません。
兵士一人一人が『勝たねば日本は滅びる』と、はっきり知っていて、命令されなくとも、自分から死地に赴いています・・・。」
外発的な近代化のなかで、無名の将兵がこのように戦えるであろうか。彼等は「勝たねば日本は滅びる」と皆はっきり知っていた。そして、自ら死地に赴いた。
彼等は、祖国を遠く離れた極寒の満州において、悠久の昔から流れている内から湧き上がってきた「祖国の調べ」に従い「祖国への愛」を以て自ら死地に赴いていった。
そして、同じように自ら死地に赴いた人々は、一年前の東日本被災地にもいた。消防・警察の殉職者だけでも二百六十九柱。
まさに、明治天皇の御製の通りである。
敷島の 大和心の ををしさは
ことあるときそ あらわれにける
私は、昨年三月に起こった巨大地震による国難によって、悠久の昔から変わらず一貫した「我が祖国の調べ」が明らかに姿を顕してきたと感じている。
それは「民族生命の原始無限流動」である。「神ながら」である。この「祖国の調べ」においては、戦前や戦後の区別などあろうはずもない。従って、「戦後」の視点から現在の我が国を論じた昨日の「正論」に強い違和感を感じた。
しかし、最後に強調しておきたい。
我が国における民主党政権を生み出した「現象」と、その「現象」のなかで「国民を騙して泳いでいる者達が生息する空間」を、日本と見るならば、当然ながら新保氏の「正論」は、全く非の打ち所無く正しい。
何故なら、この「現象」が生み出した「空間」は、日本ではないからである。
従ってこの「空間」は、日本でないのであるから一年以内で消え去る。いや、日本人なら、実力で消し去ってしまわねばならない。諸兄姉、ともに真の日本に寄生している表面の埃を除去しよう。
杜父魚文庫
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