9496 書評「柘植久慶 太平天国戦記」  宮崎正弘

柘植久慶『太平天国戦記』(PHP研究所)。華南から北上し、中原の大地を鮮血で染めた太平天国の本質は何だったか。洪秀全はただのカルト教祖ではなく、支配地には独自通貨、主権国家然としていた。
日本人は太平天国に殆ど無関心である。いや奇説のなかには反乱に失敗した大塩平八郎が華南に逃れて改名し、洪秀全となって、あの大動乱を率いたという荒唐無稽な説もある。義経がジンギスカンとなり西郷が孫文になったという類いの英雄奇譚だが。
さて「拝上帝会」=カルト教団を創設し、キリストと孔子様の再来だとか言い出して、華南の山奥から立ち上がった過激な殺戮集団が「太平天国」であり、清朝の末期、ようやく曾国蕃・李鴻章などが立ち上がって鎮圧した。
しかし犠牲者の数は5000万。史上空前の内乱の一つ、というのが総括だろう。
比喩すればオウム真理教あたりが政権をとって、政敵を次々と粛正し、天下に覇権をとなえたようなもの、しかし後の共産革命は、毛沢東カルト集団が山賊的に権力を握り、階級的を根こそぎ粛正した。同じようなものではないのか。
近年、中国では太平天国の研究が盛んとなった。もちろん権力側=共産党に都合の良い解釈で、革命の原動力という位置づけ、結果的に清朝を衰退させたわけだから先駆け的な革命軍の役割を果たしたとするのだ。
というわけで日本人の理解をこえた出来ごと、華南を血の海とした太平天国と教祖=洪秀全とはいかなる人間であったかに興味は薄く、曾国蕃の部隊は一進一退、「勝ったら、強奪のし放題だ」という号令の元、占領地で略奪の限りをつくした無法者集団が、本当の曾部隊の実態であったことも伏せられ、まして太平天国のカルト軍を木っ端みじんに粉砕した本当の軍事力は、米国とイギリスの火力であった事実も伏せられるか、軽視されてきた。西太后は、外国部隊に天文学的な傭兵料を支払った。
その代表がリチャード・ゴードンである。柘植さんはさりげなく、本書のなかに次の一説を設けて、こう書く。
「ゴードンはロンドン郊外ウールウィッチの出身で、その地にある工兵・砲兵陸軍士官学校を卒業している。曾祖父以来すべて軍人という軍人一家に育ち,身体が大きくないので工兵の道を選んだ」(中略)「初陣はクリミア戦争で、次いでアルメニアに勤務して辺境の地図を作成した。その後に中国へ赴任」した経緯がある。
世界の戦場を駆けめぐった砲術師の登場となって、ようやく太平天国は鎮圧された。
かつて日本人には珍しいフランス外人部隊としてアルジェリア、コンゴで闘い、米軍の特殊部隊としてラオス内戦に従軍した経歴がある柘植さん、太平天国に挑んで、この作品を仕上げるが、やっぱり視点が異なった。
独自の作家の目から、かれは異様な興味を太平天国に見いだし、その歴史背景を同時代の日本のサムライを小説のなかに配置することによって、あの戦争の内幕に迫った。
さて本書は小説であるからには筋を語ることは控えよう。それより各章の扉になにげなく配置されている貴重な写真が、歴史に興味のある者としてはすこぶる魅力的である。
洪秀全の珍しい肖像画、太平天国系の小刀会の本拠=点春堂、入手困難とされてきた太平天国の貨幣、同様に『太平天国』通貨の大花銭(直経110ミリ、目方530グラム)など、これらを蒐集する鑑識眼と労力と取材のフットワークの良さが推測できる。
蛇足ながら太平天国を小説にした日本人作家は陳舜臣いらい柘植さんが二人目。しかし陳さんは帰化人だから、日本人作家としては初めて太平天国の本格的に挑んだことなる。
      
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  読者の声 READER‘S OPINIONS どくしゃのこえ 読者之声
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  ♪
(読者の声)今回の北朝鮮ミサイルに対応する自衛隊の活動は充分に評価するべきである。空振りには終わったが最大限の「構え」をしたことは間違いない。
防衛大臣あるいは首相は自衛隊に対し、そのことを大いに評価し、ねぎらいのコメントを発することが政治家としての使命ではないのか。(TF)
(宮崎正弘のコメント)しかし前防衛大學教授の孫崎亨は「パトリオット・ミサイルは役に立たない」と書きました。「あんなもので打ち落とせる筈がない」と。この人は前の外務官僚、ウズベキスタン大使などの歴任者です。
杜父魚文庫

コメント

タイトルとURLをコピーしました