李長春――キャメロン英首相会談は何一つも進展なし。英国マスコミは矛盾する謎と英国外務省の不手際を批判。
キャメロン英首相は2012年4月17日、訪英中の李長春(政治局常務委員、序列五位)とロンドンのダウニング街十番地(首相官邸)で昼食をともにした。「ニール・ヘイウッド殺人事件は調査中である」と李は述べ、それ以上の会話はなかった。
英外務省がこれまでに明らかにした事実関係は、ニールの殺害が11月14日、翌日ホテルで死体が発見され、16日に当局が重慶の英国領事館にFAXで通知してきた。ニールの夫人である露露は、パスポートが中国籍のまま、ロンドンにはヴィザ滞在の形である。
ニールの妻と姉がロンドンから重慶に飛んで来たとき、死体は遺灰となっていた。
矛盾が幾つもある、とインデペンデント紙(18日)は噛みついた。「第一に検死がなく、第二にアルコール中毒と発表され、心臓発作となり、それが殺人、シアン化合物の毒殺となった。第三はニールと谷開来夫人とのあいだにビジネストラブルがあった、いや二人は不倫関係による愛情のもつれという観測まであがっているが、いずれの情報も相矛盾している」
直近の中国製のニュースは「谷が資産の海外隠匿の秘密を材料にニールから脅迫されていた」等と言われ始める。
中国側の情報操作の可能性がある。
英国マスコミは「外務省の失態」を批判し続けている。「初動が遅れたのは、ニールがMI6の秘密諜報員という噂を前に、追求を躊躇ったからであるが、外務省が実際に調査依頼をするのは王立軍事件が引き金で、亡命未遂事件の翌日、すなわち2月7日である。しかも四回にわたって強く抗議してはじめて、中国側は『捜査を始めた』とした」(テレグラフ紙)
ともかく対応がチャラポランで、発表内容がコロコロ変わる中国側に、イギリス人の怒りが渦巻いており、対中感情は日々ささくれ立っている。
アンタッチャブルである政治局員を査問するわけだから、ことは慎重を要した。ついに伏魔殿にメスが入った。「ボイス・オブ・ドイツ」は、これを「太子党の終わり」と書いた。
▼本当に落日を迎えたのか、太子党
米国マスコミは、習近平の娘も薄き来の息子もハーバードへ留学中というポイントを重視する報道を行っている。
この文脈から言っても、2012年4月18日付けのヘラルドトリビューンは、ひょっとして歴史に残る紙面作りである。
一面トップのカラー写真は、なんと薄の息子、薄瓜瓜が英国のナイトクラブで怪しげな女性を侍らせてワインを飲んでいる場面だ。24歳の若造の欧米における御乱行を象徴する写真で、学園祭にジャッキー・チェンを呼んだり、フェラーリで女性をドライブに誘ったりと数々の「武勇伝」の紹介記事が続く。内容はすでに小紙で紹介したので割愛。
さて華字紙は「薄処分は劉青山か張子善か」という書き込みで話題持ちきりとなっている。というのも劉青山も張子善も革命政府樹立後、腐敗分子として死刑になった。冤罪とも言われる事件だが、ようするに毛沢東に逆らうと、幹部でも死刑にあり、罪名はあとからでっち上げでついてくる。
江沢民の政敵だった陳希同は懲役16年、胡錦涛のライバル陳良宇は懲役18年、さて薄き来は死刑か無期懲役か、というわけで、罪状はこれから大急ぎで作られるだろうが、決して薄が重慶ですすめた高度成長路線、毛沢東思想復活と胡錦涛等の「安定路線」との深刻な対立という本質論議は回避されるだろう。
もともと薄き来の存在は共青団にとっても、習近平にとっても疎ましく、なにかのチャンスをまって失脚させようとしていたのは事実である。習が薄を右腕として頼りにしたなどという分析があるが、四歳年上で煙たい存在の薄き来は習近平にとって、まことに「うざっとり」存在だったのである。
しかし、もし王立軍の亡命未遂がなければ、これほど大胆な政治処分へとは至らなかった。最大の理由は党内保守派、なかでも江沢民が薄き来を長期にわたって引き立て、庇ってきたからである。
だから江沢民派直系の周永康も、9日の政治局緊急会議で最後まで薄を庇おうとしたのである。江沢民は薄の父親、薄一波によって助けられ、往時の大物政治家・喬石らを出し抜いて江沢民が権力中枢を形成できた恩義があるからだ。
杜父魚文庫
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