9586 つぎの中国人民解放軍を誰々が主導するのか? 宮崎正弘

徐才厚、梁光烈らは定年退役、軍事委員会に残る中央委員で頭ひとつリードは?
第十八回共産党大会では政治局常務委員(9名)、政治局員(左を含む25名)、中央委員、中央委員候補らヒエラルキーのトップおよそ四百人強が決まるが、同時に党「中央軍事委員会」のメンバーも入れ替わる。
軍のトップ人事の予測だが、薄煕来失脚という「重慶の変」により、玉突きドミノとでも言おうか、これまでの予測は修正を余儀なくされそうな趨勢となった。
第一はライジングスター劉源の軍事委員会入りが遠のいた。劉源は太子党のトップ、それも劉少奇の息子、習近平の幼なじみ、これほど恵まれた条件だから、軍事委員会入りはきわめて高いと観測されたが、かれは薄煕来を土壇場まで支持したことが、どうやら致命傷らしい。
第二は劉亜州ら対日強硬派、反米派も主流から外れたことである。
二月の王立軍亡命未遂事件が引き金となった「重慶の変」は、軍に異常な緊張を運んだ。というのも小誌が伝えてきたように昨年11月10日の四川成都における軍パレートに、軍の肩書きのない薄煕来が出席し閲兵したからだ。
数日前に小誌は次のように書いた。
「薄煕来は失脚寸前の全人代で雛壇に座った徐才厚と親しく会話する演技をみせた。徐は現時点で人民解放軍の事実上のトップと目されるが、江沢民に近い。2011年11月10日に成都で行われた成都軍管区の特別軍事演習では、軍のポストがないにも関わらず、隣の重慶から薄がやってきて僭越にも閲兵した。四川省に依然として影響力をもつ周永康のアレンジといわれる。
周と薄は「政治同盟」を組んでいた。政治局常任委員会の緊急会議(4月9日)で最後まで薄を擁護したのは周永康である。途中まで薄を支持した呉邦国と李長春は降りた。採決は8vs1で、周が浮き上がった存在となった。中国のネットでは、この周永康はいつ失脚するかという投書でも持ちきり。成都軍管区は四川、重慶、昆明、貴州を管轄する広範な軍管区で、たしかに薄煕来の父親、薄一波は旧雲南省第十四集団にいた事実もあるが、後に郭伯雄が軍管区司令となって、薄の影響力は消えていた。
周永康は2000年から02年まで四川省書記を務めた。周は公安部長を務め、07年からは政治局常務委員(序列9位)として法務、公安を担当し、グーグル攻撃では李長春とともに徹底的に排除を指導した。周はいうまでもないが江沢民の子分で、胡錦涛の政敵である。したがって成都軍管区でも軍事演習を「薄―周政治同盟」が背後で動いたという軍内における秩序攪乱が、じつは重要なポイントだったのである。
薄煕来失脚直後から、軍は「団結が重要であり、党の決定に軍は一丸となって従う」との声明を出した。クーデターの動きがあるなどというデマ、流言を打ち消すためだ」。環境は激変した。
▼軍首脳、クーデターの噂におびえたか? 各軍管区を視察
胡錦涛は軍事委員会主任である。いってみれば統帥権を持つ。
現在の党中央軍事委員会は、主席が胡錦涛、副主席が習近平と徐才厚、郭伯雄の三人(いずれも政治局員である)。ついでに言えば、党中央軍事委員会の委員は陳丙徳(参謀総長)、梁光烈(国防部長)、李継耐(総後勤部部長)が続き、いずれも定年を迎えるから秋の党大会で引退の予定。
のこる中央委員は寥錫竜、許其亮、呉勝利、靖志遠、常万全の五人だ。
胡錦涛は直ちに軍副主任らに各軍管区への緊急視察を命じた。同時に軍は矢継ぎ早に「党中央への忠誠と誓い合う」支持をとばした。
2月17日、徐才厚はただちに総参謀部に出向き、種々の指示を行っている。
2月18日、郭伯雄は南京軍区の部隊を視察し、団結とさらなる研鑽と綱紀粛正を強調した。そして「どんな境遇にあろうとも党主席の胡錦涛の指示に従え」と述べた。同月24日には北京軍区を視察した。
2月末から三月中旬までに軍幹部の動きが目立たないのは全人代が二週間にわたって北京で開催されていたからである。
全人代直後、薄煕来の失脚が明らかとなる。一週間をおかず3月24日、徐才厚は河北省と福建省の部隊を訪問し、団結と胡錦涛の支持に従うことを強調し、同月28日には新彊ウィグル自治区の軍部隊を視察した。
4月6日から16日にかけて梁光烈国防部長は広東、広西チワン自治区の部隊を訪問し、「三個代表論」の重要性を説きつつ、海防に怠りなきよう訓示して歩いた。
4月14日、郭伯雄は成都軍区に飛び「軍ならびに武装警察諸隊は中央の命令に従い、党中枢の指針に基づいて行動するように」と訓示を垂れた。
4月16日には徐才厚が瀋陽軍区を訪れ、同様な訓辞、4月25日には河北省の部隊を訪問した。
▼つぎに予測される軍首脳陣はどうなるか
繰り返すが党中央軍事委員会は主席が胡錦涛、副主席が習近平と徐才厚、郭伯雄の三人。中央軍事委員会委員は陳丙徳(参謀総長)、梁光烈(国防部長)、李継耐(総後勤部部長)が続き、徐以下は、いずれも定年を迎えるため引退する。
他の中央委員は寥錫竜、許其亮、呉勝利、靖志遠、常万全の五人。この五人のなかで定年にひっかかりそうなのは呉勝利(海軍司令)である。常万全と許其亮は年齢制限にひっかからないので、留任は確定的。飛躍する可能性が大きい。ほかの軍人は引退する。
しかし予断を許さない。
引退予定の呉勝利は「太子党」。父親は浙江省副省長まで上り詰めた上、現在、軍の実質トップの徐才厚の信頼が厚い。したがって年齢制限ぎりぎりだと言って、徐の身代わりとして居残らせることは可能である。徐才厚のバックは江沢民だからである。
しかも流動的要素がある。
第一は過去の慣例にしたがって(江沢民がそうしてように)、胡錦涛が軍事委員会主任の椅子にもう一年居座り続ける場合、習近平は副主任の座に留まることになる。
すると残余の「副主任」の椅子は、順当にいけば常万全、許其亮の二人が昇格することになるだろう。
第二は過去の実績から言って、「副主任」は生粋の軍人出身者であり、かつ政治担当、装備担当に別れるとはいえ広範な軍での経験が必要である。
そのうえ劉華清をのぞいて全員が「陸軍」から選ばれた。例外は劉華清(海軍大将)だけで、彼は「中国のゴルシコフ」と呼ばれるほどに海軍の近代化に力をいれてきた中心人物であったためトウ小平じきじきの人事だった。
劉華清以後、海軍から「副主任」へ昇格した軍人がいない(その意味でも童世平の先輩格の呉勝利の可能性は薄いが副主任昇進シナリオは残る)。
 
▼劉源にかわって常万全、童世平らが浮上
これらの流動要素をのぞくと、次世代の筆頭軍人は常万全(大将)だ。
たとえ胡錦涛が主任に居残ろうが、習近平が主任に昇格しようが、実際に軍を仕切るのは軍人出身の「副主任」であり、それが三名になるか二人だけか。
常万全は各軍管区参謀長、師団長、作戦部長、国防大學教授、総参謀長を歴任した上、有人宇宙船「神舟」打ち上げの指揮をとった。宇宙工学にも通暁しており、謂はば「軍人の見本」みたいな人物だと評判が良い。
軍のトップで徐才厚と並ぶ郭伯雄は、後継者にこの常万全を充てたい考えと言われる。
胡錦涛はダークホースの童世平に期待を寄せているという。
童世平は海軍の近代化一筋を歩んできた。工学畑出身。国防大学政治主任、総政治部では紀律委員会書記を務め、一年後には大将になるコース。順当な年功序列からすれば、次は「中央委員」には入れても「副主任」にはなれない。すぐ上に呉勝利がいるからだ。
ところが李継耐と徐才厚が同時に引退するため、この空白ポストに胡錦涛の推薦があれば童世平は二段階特進が出来る。それゆえのダークホース的存在である。
また軍のバランス感覚から言えば「西高東低」ならぬ「東(北)高(南)西低型」となっている。つまり北京軍管区、瀋陽軍管区、蘭州軍管区に重点的な装備、配備が偏重しており、広東軍管区と四川軍管区がひくくみられてきた過去があり、この均衡是正という文脈から言えば、童世平は広東軍管区司令も務めたことがあって有利になる。
もう一人、許其亮は空軍を束ねるが、党中央軍事委員会で陸海に続く勢力関係が不文律として存在するため、副主任昇格の可能性は薄いかも知れない。
ほかに中央軍事委員会の委員に加わりそうな軍人を列挙すれば、張海陽・砲撃部隊政治委員と張又峡(瀋陽軍管区司令)、房峰輝(北京軍管区司令)の三名。
しかしダークホース的存在は「軍の国軍化」を主張して現在、所在不明の章泌生大将が、薄煕来事件以来の諸般の事情から異例の復活・抜擢もあり得る。
杜父魚文庫

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