ドナルド・ラムズフェルドといえば、ブッシュ政権の国防長官として9・11テロへの反撃の大規模な米軍の作戦を指揮した人物です。
彼本人は古きよきアメリカをそのまま人間にしたような、いわゆる男らしい人物です。その自伝の翻訳が日本で出版されました。その書の書評を私が週刊ポストに書いたので、紹介します。
【特別書評】『真珠湾からバグダッドへ ラムズフェルド回想録』古森義久(産経新聞ワシントン駐在編集特別委員)
男女の権利の平等が徹底して求められる現代アメリカでも「男らしさ」という言葉は完全な死語にはなっていない。「強く、たくましく」とか「危険や衝突や 闘争を恐れない」という意味での「男らしさ」という概念はよくも悪くも、まだちゃんと生きている。本書の著者ドナルド・ラムズフェルド氏はまさにその男ら しいアメリカ人である。
自己の信念や思想は断固として曲げない。反対されても「批判されることは働いていることだ」と豪語して、揺らがない。だから敵も多くなる。他方、味方からの支持は熱く、堅い。
私はこの原書の刊行を記念するセミナーに出たことがある。昨年3月末、ワシントンのハドソン研究所だった。パネルにはダグラス・フェイス元国防次官、 ピーター・ペース元米軍統合参謀本部議長、ルイス・リビー元副大統領首席補佐官といった著名人が並んだ。前ブッシュ政権で対テロ、対アフガニスタン、対イラクの各闘争をともに遂行したラムズフェルド氏のかつての同志や部下たちだった。
定員二百人ほどの会場は超満員で単なる出版記念とは思えない活気と熱気に満ちていた。パネリストも一般参加者もラムズフェルド氏とその回想録に鋭いコメ ントを浴びせたが、基調は明らかに強い畏敬と連帯の念にみえた。この時点で78歳だった同氏がなお鮮烈に体現するアメリカの価値観への強固な賛同とも映っ た。リビー氏の言葉が印象に残った。
「ワイオミング州の山中の別荘にいたチェイニー副大統領に緊急に面会する必要が起きました。厳冬の未明、豪雪のなかを単身、二時間も歩き、シークレット・ サービスに撃たれそうにまでなって、やっとたどり着いた。あまりの疲れについチェイニー氏に『苦労しました』とこぼすと、即座に『ラムズフェルド氏の下で 働いたときの私の苦労には足元にも及ばないと思うよ』と一笑されました」
国防長官や大統領首席補佐官としてのラムズフェルド氏の異様なほどの勤勉さや厳格さを示すエピソードだった。副大統領までがかつての部下だったという同氏の国政活動の歴史の重さを反映する逸話でもあった。
八百頁を超える本書はそのラムズフェルド氏の自伝である。シカゴの普通の家庭に生まれた同氏が学生時代に必死に働き、学び、レスリングで五輪候補としてまで活躍し、海軍パイロットを経て下院議員から国政の階段を急上昇していく過程が人間的なタッチで生き生きと描かれる。だが主題はあくまで彼が2001年に国防長官に再任されてからの9.11テロにからむアフガニスタンやイラクでの闘争だといえよう。
イラクのフセイン政権打倒の軍事作戦はラムズフェルド氏の企図どおり三週間で完結した。フセイン政権軍との闘争だけでも泥沼になると予測した反対派は沈黙させられた。だがその後の展開は米軍増派を必要とするようになり、それに反対したラムズフェルド氏は国防長官を辞任した。
同氏のイラクなどでの実績はなお歴史の判断を仰ぐこととなろうが、本書では同氏が徹底して追ったアメリカの伝統的な価値観や理念、思想、そして国際的なリーダーシップや責任がもう一つの主題となっている。これら価値観はオバマ大統領のそれとは対照的である。その対比という点でも本書は現代アメリカを理解するうえでの必読書だろう。
なおラムズフェルド氏は日本にはいつも前向きの言葉を語っていた。日本人記者としての私はレセプションなどで何度も直接に質問を浴びせたが、そのたびに彼は日米同盟の価値を簡潔ながらも熱をこめて強調するのだった。(週刊ポスト2012年4月20日号)
杜父魚文庫
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