南シナ海の黄岩島(スカボロ礁)をめぐるフィリピンと中国に対立は、東シナ海の尖閣諸島をめぐる日中対立と怖ろしいほど似ている。だから日本は他国の問題だと、目をそむけることなく、自国にふりかかるとの問題意識を持たないといけない。
黄岩島周辺海域はフィリピン海軍の管理下に置かれ、フィリピンに実効支配されている。しかし中国と台湾は歴史的にも自国の領土だと主張し、最近の中国は軍事力を行使してでも奪回する意図を隠さない。
中国海軍が出てくれば、貧弱なフィリピン海軍は対抗できないであろう。このことは尖閣諸島にも当てはまる。そういった問題意識を日本人は持つべきなのだが、黄岩島問題に対する日本のメデイアの関心はまったくと言っていいほど薄い。
東京都が尖閣諸島の民有地を買うというが、もし中国が黄岩島と同じように軍事力を行使してでも領有権を実力で奪還すると出たら、政府はどうするのだろうか。国土防衛を米国の軍事力に依存するという他力本願できた日本だから泣き寝入りするしかないだろう。
そんなことにならないために、『ウィキペディア(Wikipedia)』の黄岩島の歴史と現状をよく読む必要があると思う。黄岩島と尖閣諸島は同じ問題なのだ。
<黄岩島(こうがんとう、簡体字:黄岩岛 Huányán Dǎo,正体字:南巖島 Nányán Dǎo)は中華民国および中華人民共和国が領有権を主張しているスカボロー礁(英語:Scarborough Shoal または Scarborough Reef)を指す中華民国および中華人民共和国による名称である。フィリピン名は Panatag Shoal または Panatag Reef。スカボロ礁、スカボロー礁、スカーボロ礁、スカバラ礁とも呼ばれる。18世紀にこの地点で難破した茶貿易船Scarborough号にちなんだ名前である。
黄岩島の周囲は水深0.5~3m。黄岩島自体は周囲55km、面積150km²の二等辺直角三角形の環礁で、130km²、水深10~20mの礁湖を持つ。黄岩島は水深3500mの海盆上にあり、深海の平面にある海底の山が水面に露出した部分である。最高点は標高3m。黄岩島の礁湖の南端には外海と繋がる長さ400m、水深9~11m、幅360~400mの水路があって、小型中型の船が漁業活動を行なったり風を避けることができる。地質構造上でみると黄岩島は大陸棚の自然延長である。
南シナ海の地図 東西2700km、南北2900kmの領域を描いたもの。地図右端上端は台湾、地図右端の中央やや上には台湾島よりも大きなルソン島(フィリピン)がある。ルソン島の西海岸には南北に半島が突き出した地形があり、その中央から西へ約350km離れた位置にある島が黄岩島である。地図上では黒点に見える。
黄岩島は中国人に最も早く発見されたとされ、その付近海域も海南島の漁民の古くからの漁場だった。1279年、著名な天文学者郭守敬が「四海測験」を行なった時、南シナ海ではこの島を測量地点としたとされる。1935年1月、中華民国水陸地図審査委員会は黄岩島を中華民国の版図へ入れた。1947年末、中華民国内政部の正式に編纂出版した『南海諸島位置図』で(当時「民主礁」と呼んでいた)黄岩島を「断続国界線」内へ入れた。この線を法的効力のある歴史的境界線として、中華民国は線内の島、礁、浅瀬、砂州の主権を主張した。
1983年、中華人民共和国地名委員会は「我国南海諸島部分標准地名」を公布して黄岩島を標準名称とした。
遅くとも16世紀には、すでにその付近海域はフィリピンの漁民の漁場だったとされる。1898年の「パリ協議」、1900年の「ワシントン協議」、1930年の「英米条約」により、東経118度をフィリピンの西限とし、黄岩島はこの外にある。1935年の「憲法」と1961年の「領海基線法」でもフィリピン政府は重ねてそのことに言及した。1990年代以前に出版されたフィリピンの地図は黄岩島をその領土に入れていない。
1990年代以前は、国際社会(含フィリピン)は中国が黄岩島に主権を有する事に何一つ異議を出していなかった。一方で当時、黄岩島はアメリカ合衆国の支配下にあった。
1980年以後、フィリピン政府は黄岩島を200海里排他的経済水域内とした、しかし実際にはフィリピンに駐在するアメリカ軍の管理下にあって、フィリピンは主権を要求しなかった。1992年にアメリカ軍はフィリピンから撤退し、1994年「海洋法に関する国際連合条約」に調印後、黄岩島が200海里排他的経済水域内である事を理由に、そこに海洋管轄権を持ち、そこから黄岩島に対する主権を有する事を宣言した。
1997年、フィリピンが軍艦と軍用機を出動して中国の民間組織のラジオ局による探検活動を追跡、監視する。
1997年4月30日、フィリピンの二人の衆議院議員が軍艦に乗って黄岩島に上陸、旗と碑を立てる。
1998年1月から、中国海南省の4艘の漁船が2ヶ月の間に不法入国としてフィリピン海軍に拿捕され、51名の漁民がフィリピンに半年間拘禁される。
1999年5月23日、フィリピン軍と中国の漁船が衝突。報道によると、11名の漁民が水に落ち、フィリピン海軍は漁船追跡時に機関銃を掃射していた。中国外交部スポークスマンはフィリピンへ抗議し、交渉を呼びかけた。
1999年6月、フィリピン教育部は新しい地図の中で、黄岩島と南沙諸島を版図へ入れた。8月、フィリピン政府は「南沙諸島はフィリピン領土」である旨の憲法改正によって領土拡張を試みた。
1999年11月3日、フィリピン海軍の1艘の艦艇が黄岩島のパトロール中に座礁。フィリピンは軍艦は救援参加時に故障が発生したと公言、中国と何度も交渉を行なったが、依然として船を撤去していない。
2000年、フィリピン海軍が中国漁船船長を1名射殺。
2012年、4月8日、フィリピン海軍が黄岩島近くに中国漁船8隻が停泊しているのを発見し、拿捕したのを受け、中国の監視船が現場に急行、フィリピン海軍の進行を阻止し、睨み合う状況となる。17日、フィリピンのデル・ロサリオ外相は国際海洋裁判所に判断を仰ぐ提案をしたが、中国外交部辺海局のトウ中華局長はこれに対し抗議を申し入れている。
現状 黄岩島周辺海域はフィリピン海軍の管理下に置かれ、フィリピンに実効支配されている。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)>
杜父魚文庫
9670 黄岩島と尖閣諸島は同じ問題なのだ 古沢襄
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