9677 書評 西村幸祐『幻の黄金時代』  宮崎正弘

あの虚妄の繁栄は幻影だったのか?サブカル、虚ろ気、皆が高度成長に酔っていた80年代の落とし穴。
<<西村幸祐『幻の黄金時代』(祥伝社)>>
「オンリー・イエスタディ 1980年代」という副題が示唆するように、バブル景気、地上げ屋の暗躍、高級ディスコ、プラザ合意、快進撃が続いていた日本経済。たしかに精神的にも昂揚し、毎日が享楽と金儲けと快楽とグルメと銀座の華々さが混在して同居していた、あの古きよき時代を時間の縦軸において、著者は縦横無尽に「だれもが日本の未来を疑わなかった」という懐かしき時代の視座から危機の本質を読み解く。
こうした視点からのサブカルチャー批判が基底にある。
そうだ。誰もが右肩あがりの日本が永遠に連続してゆくと信仰し、GDPは世界一の座を獲得するのも夢でなかった。強い日本円でアメリカへ行くと高級別荘のプール付きが買えた。
88年、ブッシュ選挙で評者(宮崎)が米国にいたおり、ワシントン郊外の住宅戸建て業者を取材したことがあった。瀟洒な一軒家、ガレージ、庭付きでアイランドキッチン、「いくら?」と訊くと15万ドル程度で、おもわず「安い」と言うと、アメリカ人はじつに不愉快そうな顔になったことを鮮明に思い出す。
しかしジャパンドリームは85年のプラザ合意あたりから、じわりじわりと終熄に向い、やがて日本から元気が奪われてしまった。
あの黄金時代は幻と終わった。
高度成長は戦後日本の一時的な徒花だったのか。爾後、日本経済はプラザ合意で首を絞められるように、徐々に奈落へと墜落して行った。
株価はてっぺんから地獄の底へ、不動産バブル破綻は日本の銀行制度は破壊させる寸前まで陥没させ、銀座(大阪のキタも札幌の薄野も博多の中州も)の灯は消えて(名古屋の栄だけは別だった。トヨタは不景気知らずだったから)、ソープランドも廃れて風俗嬢も失業し、いまや就職できない新卒の若者が大量に自殺する。
右肩下がりの時代しか知らない若者は、活気のある中国へ職を求める時代でもある。
著者の西村さんはこう言う。「ぎらぎら輝く80年代に、じつはポッカリと大きな暗い穴が見えない場所に空いていた。それを見落とした日本人は平成を迎えてから「黄金時代」を一瞬の「幻」にしてしまう。絶頂期の日本の裏側に、現在の日本の危機を読み解く鍵が隠されていた」
なるほど、色々と複雑な思いでが絡んできますね。
個人的感想をのべると、本書のなかで、軽薄カルチャーを横軸に論じながら、ムラカミハルキと三島由紀夫を比較評論している個所が印象深く、また面白かった。
村上春樹は(三島自決は)「どうでもいいこと」と意図的に綴って平静を装いながらも、じつは11月25日にこだわり続けた。大江健三郎の感想を模倣したコメントを意図的に作品に挿入したのだが、それは彼の劣等意識の表れであることが行間に示唆されている。
杜父魚文庫

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