習近平の連続講話から次の「習近平ドクトリン」が垣間見えてきた。民衆の暴動、抗議集会、自爆テロには新しい社会管理方法で立ち向かえ、と。
次期総書記に就任予定の習近平(現中国国家副主席兼党軍事委員会副主任)にとって、もっぱらの関心事はライバル薄煕来の失脚に対しての保守派の攻勢、上海派の巻き返しを横目に、胡錦涛ら共青団との共存共栄の道の模索だろう。
そのうえ、秋には「習近平ドクトリン」を提示する必要に迫られている。江沢民には「三個代表論」、胡錦涛には「和諧社会」のスローガンがあるように。
社会的には各地に頻発する民衆の抗議行動や暴動を抑制し、安定した社会システムを構築することが果たして可能かという難題ではないか。
30年前、中国のひとりあたりのGDPは僅か168ドル、世界最貧国のひとつだった。改革開放から30年を経て、2011年のひとりあたりのGDPは5414ドルと、じつに32倍強の躍進ぶりがあった。
経済が豊かになれば人間の認識力、こころのあり方、人生への姿勢も必然的に変わる。情報の量も格段に多くなる。
30年前、女性は人民服をまとい、ようやくパーマ屋さんが営業を開始した。広場には日本が寄付したテレビ、無数の群衆が影像にじっと見入った。日本から「おしん」が輸出され、映画のヒロインは中野良子、栗原小巻だった。
夜、道路に明かりはなく、まっ暗ななか、裸電球のともる場所をすかしてみると夥しい人間がいた。自転車さえが、裕福な家庭の乗り物だった。
食うや食わず、一軒の家には食料の蓄えもなく、ボロボロの衣服。テレビどころか、辺境の農村には電気がきていなかった。農業は牛馬、肉を食するのは1ヶ月に一度くらいだった。
その中国が日本のGDPを凌駕して、龍の勢いはそれでも収まらず、BMW、ベンツを乗り回し、贅沢な海外旅行、豪華ブランド品の売り上げは中国が世界一となり、欧米のデパート、スーパーもホテルもこぞって中国へ進出した。
社会工学的にいえば、こういう激変の中国にあって、貧富の差の拡大という社会矛盾は大きな社会騒擾を産むのは当然の帰結である。
だから習近平はかく演説するのだ。
『社会矛盾を解決し、社会の安定と安寧をもたらすために我が国は政策の変更が迫られている。十八回党大会前に民衆の要求をくみ上げ、社会の膿をはき出すシステムを早急に構築しなければならない』習近平が党中央学校の入学式で述べた内容とは上記の要旨だった(多維新聞網、5月17日)。
▼連続自爆テロという白日夢、しかし中国の一方の現実だ
過去一年だけでも民衆の抗議行動、暴動の規模は大きくなっている。
2011年5月には内蒙古省で牧畜に携わる民衆の抗議集会が開かれた。江西省撫州では連続爆破事件。省政府ビル前で農地強制収容に抗議して農民が自爆したのである。
この事件は、共産党への怨念がいかに凄まじいかを物語ると同時に、いったい爆薬を、自爆者はどうやって手に入れたか。軍の武器庫から不正に密売されマフィアに流れる武器の夥しさ、そうした社会全体のモラルの弛緩も、大きな問題となった。官僚は汚職に忙しく庶民の悩みなんぞ訊いている暇もない。貧困に関心がないのだ。
2011年6月には広東省増城で工員の暴動、9月には陸豊市鳥炊村で村民らの連続的決起集会と暴動(これは『広東モデル』と呼ばれ、村民が勝利し、旧幹部は追放され、自主選挙が実施された挙げ句、百姓代表が村党委書記に当選した)
2012年4月には陳光誠の亡命騒動、5月に雲南省昭和通での自爆テロ、重慶での連続的抗議集会。現在伝えられている暴動は天津で武力衝突、三名死亡。
習近平は「こうしたことが何故起きるのか。原因を極め、庶民の望みが一体、何か、よくよく調査しなければならない」と発言した由だが、原因はとうに明らかであり、元凶は共産党の独裁による腐敗、不正。独裁者だけの冨の寡占により民衆の暮らしが成り立ちにくくなったからである。
民衆のルサンチマンを太子党の習近平が理解できないのだろうか?
▼何度も何度も同じことを念を押すのは焦りの現れ
2011年11月、習近平は党中央学校秋季式典で講話をおこなって、上記を繰り返し強調した。12年1月5日、習近平は党中央学校第四十八期省部長級幹部の研修会で、民衆工作の効果、民衆との接点を深めつつ、人民の内部矛盾を処理せよと強調した。
社会工学的改良策より、人民を管理下におくノウハウが差し迫った課題というわけだ。
2月23日、省幹部級会議で「社会の管理、新しい政策あるいはシステムの構築」の必要性を重ねて演説し、暴動、抗議集会などの原因を調べ、いかにして安定社会が築けるかを要請した。つまるところ、人民の管理方式に新システムを導入せよと言っているだけなのである。
5月16日、共産党中央学校春季入学式において、党学校校長をかねる習近平はおなじ事を講演した。
「いかにして基本の考え方を立て直し、民衆を管理し中国革命を推進してゆくか、それぞれの任務を十分に果たせ」などとし、「民衆の重視は共産党の基本であり、民衆との団結、宥和が革命の理想である」と白々しいことを強調した。
冨の偏在、貧富の拡大に目を向けず、社会を安定化させよなどとする習近平談話を学生等は如何に認識したか。民衆の暴動、抗議集会、自爆テロには新しい社会管理方法で立ち向かえ、と言われても、戸惑うばかりではないのか。
これら習近平の連続講話から推定できることは新世代の次期指導者に対して、共産革命の維持と社会の安定が不可欠であることを講話したことになるが、党学校にはいったエリートの卵等が党テクノクラートとして社会に出る頃、社会騒擾、騒乱、暴動の巷と化しているのではないのか。
杜父魚文庫
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