9728 軍と太子党の深すぎる癒着    宮崎正弘

軍用地払い下げと軍OBのデベロッパー。劉源と張海陽を査問、ふたりの軍高官も薄煕来失脚に連座か?
薄煕来失脚の深い闇の一端が明らかになった。薄は昨年11月に成都軍管区を訪問し、越権行為で閲兵したが、ことし二月にも昆明部隊で開催された「第十四集団軍」のセレモニーに出席していたことがわかった。軍委員会ポストにない者が軍高官と接触したことは「重大な規律違反」である。
「第十四集団軍」は内戦の終盤で、薄の父親の薄一波が率いた因縁がある。隣接の第十三集団軍はチベット侵略の立て役者。獰猛でしられる。
そもそも成都軍管区は四川省、チベット自治区、雲南省、貴州省、そして重慶をカバーする大軍区である。
昆明は雲南省の省都、その昆明共産党委員会の長老ら十四名が連署で、胡錦涛執行部に公開状を送り(同時に世界中のウエッブサイトにも送稿した)、「周永康と劉雲山の罷免を要求」した。
このほか、成都軍管区の軍用地を民間デベロッパーに払い下げる「越権行為」が軍のトップと癒着した業者と党幹部との癒着構造のなかで展開されており、重慶軍用地の商業化の過程で数々の問題が浮かんでいる。これも「重大な規律違反」である。
軍は綱紀粛正に躍起となっており、15日付けの解放軍報は社説で「軍の内部で国軍化論議に惑わされず、軍はあくまでも党の指導に従う」と強調した。国軍化を強調した将軍らは左遷された。
英紙『テレグラフ』は(薄夫人に殺害された)「生前のニール・ヘイウッドが『薄はしばしば自宅に軍の高官を招待し、さかんに政治論議と執行部を辛辣に批判していた』と友人に語っていた」と報じた。
また薄煕来は軍の要求に応じて、重慶市内に軍ヘリコプター製造企業を起ち上げるため、重慶市の予算から特別に五億元(70億円に相当)を回していたと言う。
▼軍内の「太子党」も様々 革命元勲の亡霊がいるのか?
薄関連で取り調べを受けたとされる軍幹部はふたり。
劉源は劉少奇の息子、60歳。陸軍大将。現在総後勤部政治委員。軍で限りなくナショナリズム過激主義の「新民主主義」を提唱し、ライジングスターと言われたが最後まで薄を庇ったため、次の出世の可能性が消えたようである。ファナティックな『超限戦』の作者らとも親しく、軍内に思想的派閥を形成しつつあった。
もう一人、張海陽は現在第二火砲部隊政治委員。「第二火砲部隊」とは核ミサイルを管理する戦略ミサイル軍。前任は成都軍管区政治委員。この関連で成都における軍事パレードに薄が出席した責任を問われているらしい。
ところで張海陽の父親は張震。革命元勲のひとりで軍事委員会トップ。江沢民時代の『副主任』。親子二代で『将軍』となった初のケース。もう一組は張宗遜と張又侠(現瀋陽軍管区司令員)。
なお軍内の「太子党」も孫の代になっており、毛沢東の孫、毛新宇は異例の若さで陸軍少将にご出世、朱徳の孫、朱和平も空軍少将、このふたりはともに異例の若さで大佐に昇進したときから注目されている。
杜父魚文庫

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