四〇年昔の話になる。金沢に三年余りいた。東京時代からアレルギー性鼻炎に悩まされていた。明け方になって気温が下がると、猛烈なクシャミが出る。夜、酒を飲んでいると突然、クシャミが出て酒の味が分からなくなる。あまり、みっともいいものではない。
通いつけのバアのママさんが、耳鼻咽喉科の医者を紹介してくれたので、医者嫌いだったが、渋々診察を受けることになった。いまでは採血検査でアレルギーのもととなるアレルゲンを突き止めてくれるが、当時は背中に横三カ所、縦四カ所の計十二カ所にスギ花粉、ハウスダストといったアレルゲンを針で植え付ける面倒な検査だった。
背中だから患者には分からないのだが、赤くなったところが私のアレルゲンだった。一番大きく赤くなったのがハウスダスト。
「ハウスダストて何ですか」
「家のほこりなのですが、カビの一種と思えばいい」「戦前と違って、サッシュの窓が普及したので、冬の間に水滴が壁について、カビが生える。春になって窓を開け放つと、そのカビが舞い上がる」
かなり高齢の医者だったが、納得がいったので治療を受けることになって、三ヶ月もしたら嘘のようにクシャミが止まった。
そんな昔話を菩提寺の和尚にしたら、
「ウオッシュレットはよくないな」と和尚が言い出した。菩提寺も二、三年前から水洗トイレになって、おまけにウオッシュレット。お便所の近代化が、田舎のお寺にもきて、座った姿勢で用を足すようになった。
和尚にいわせると、座った姿勢で用を足すから、年寄りの膝が弱くなったと珍説を唱える。たしかに昔のように足を踏ん張って用を足すことがなくなったから、膝が弱くなったというのも一理ある。ウオッシュレットが良くないのではなくて、座って用を足すのが膝を弱くしている。
戦前にはアレルギー患者がいまほど多くない。建て付けの良くないガラス戸と障子の家だから、寒い風が吹き抜ける家で過ごした。コタツに足を突っ込んで、夜もコタツで暖をとりながら冬の夜を過ごしたものである。ハウスダストが出来る筈がない。
文明の利器が発達して、文化的な生活を満喫しているが、人間の身体はむしろ弱くなっていると思わざるを得ない。恵まれ過ぎるのも、ほどほどにした方がいい。
杜父魚文庫
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