重大なのに論議が少ないテーマです。
<<慶応大学教授・竹中平蔵 巨大郵政の「権益」を守るだけだ>>
郵政民営化見直しが各党相乗りで決まった。「見直し」とはいっても明らかな「改悪」である。驚くべきことが2点あった。
第一は、大きな制度変更なのに実質的な国会論議がほとんどなかった点だ。2005年に民営化を決めた国会(郵政国会)では、特別委員会が作られ、衆参で200時間の審議が行われた。今回は数時間の審議で採決された。
≪選挙考え完全民営化を放棄≫
第二は、変更で日本郵政の経営はどう推移するか、収益見通しが示されなかったことだ。05年は当時野党の民主党が将来見通しを政府に求めた。今回、収益性 の議論などなく、従って「ストレステスト」(耐性検査)もなく、各党とも次の選挙で郵政ファミリーの支援を得たい一心で見直しを決めた。「政治家は次の時 代を考えるが、政治屋は次の選挙を考える」との19世紀の米牧師J・クラークの名言を地で行くような姿だ。
変更内容を確認しよう。大き な問題を2つ指摘できる。まず、郵便事業と郵便局が合体した新会社と、金融2社を抱える、巨大郵政が復活する点だ。業態ごとに独立するのではなく、郵便と 郵便局が金融2社にもたれかかる形に戻る。これは巨大な郵政ファミリーという利益共同体の復活を意味する。それで既得権益を守ることこそ見直しの目的と いってよい。
郵便事業と郵便局が一緒になれば、人員的に旧郵政の約9割が復活する。郵便は物流業、局は対面販売業で、業種特性や求めら れる資質も全く違う。ともに極めて厳しい環境下で、徹底した経営管理下で大胆な合理化と新規業務推進が必要だった。郵便料金は今も米国の2倍も高い。ファ ミリーのどんぶり勘定に戻れば、大きな国民負担(高い郵便料金もしくは税金投入)に繋がってこよう。
≪暗黙の政府保証で競争阻害≫
加えて金融2社株を(新郵政が)全額売却しなくてよくなった(義務が無くなった)。「完全民営化」の放棄である。ゆうちょ銀行とかんぽ生命は日本郵政の子 会社であり続けよう。これは、信用を重んじる金融ビジネスで決定的意味を持つ。ゆうちょやかんぽに政府が特別の信用(暗黙の政府保証)を与えることにな り、他の民間企業との対等な競争条件を阻害する。国内的には民業圧迫、対外的にはWTO(世界貿易機関)の内国民待遇違反になり、後者の問題はTPP(環 太平洋戦略的経済連携協定)参加交渉で顕在化した。
保険業務の問題では、諸外国、特に米国の反発は極めて大きい。TPPで高い水準の自由化を求めるという一方でWTO違反になるような決定をし、国際信用を傷付けた政治の責任は大きい。
政府は消費税増税へ向け金利上昇懸念を煽(あお)っている。上がれば、財政を圧迫する遥(はる)か以前に郵政の収益を大幅に悪化させる。そのため、05年 の仕組みでは完全に民営化し、信用リスクビジネス進出の筋書きを描いていた。だが、完全民営化放棄で金利上昇による郵政の脆弱(ぜいじゃく)性は格段に増 した。
郵政問題でTPP参加交渉は進まず、結果的に今回の仕組みの見直しを迫られよう。先日、郵政は新規保険事業への進出を当面、自粛するとの発表に追い込まれた。完全民営化を放棄したツケが自由な経営とビジネス機会の逸失という形で早くも表れている。
これはグローバル金融ルールへの抵触と捉えるべきで、日米保険摩擦の再来と考えてはならない。見直しで総務省の監督権限が強まるが、03年まで郵政は総務省の一部であった。そこが大きな監督権限を持つことはアームスレングスルールに触れる問題だ。
≪民間経営者をトップに≫
ストレスに弱い巨大金融機関を作ったこと自体、システミックリスク軽減へ動く世界金融の流れに反する。国と企業の強い関係、即(すなわ)ち国家資本主義への批判が強まる中、極めて挑発的な政策を採ったと受け止められている。
永田町では、今回の変更は全国郵便局長会が公明党に接近し、同党を取り込みたい自民党が同調した結果といわれている。05年の選挙公約を実質反故(ほご)にしたことへの後ろめたさがあったからこそ、法案に反対した議員にも、自民党は形式的処分しか行えなかった。
与党民主党も当初、民営化自体に反対し、後に郵便国営・保険民営化などの独自案を提示、さらに国民新党案に同調し、最後に今回の案に落ち着いた。見直しが残した最大のものは既成政党全体への徹底した不信感であろう。
今後、政党再編を含む新たな政治体制の下では、今回の変更は早晩、見直さざるを得まい。だが、それまでにやるべきことがある。大方の政党は民営化には反対 しなかった。国営による政府のガバナンスもなく完全民営化による民間のガバナンスもない、微温湯(ぬるまゆ)的状況が郵政ファミリーにとって心地よいから にほかならない。
しかし民営化である以上、最低限、然るべき民間経営者を招く必要がある。経営経験のない元官僚がトップを占める現状は、直ちに解消せねばならない。それは小さな政治判断で可能である。(たけなか へいぞう)
杜父魚文庫
9783 郵政民営化は破綻したのか 古森義久

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