丹羽宇一郎中国駐在大使の言動が論議の輪を広げています。日本国の特命全権大使として中国に対し日本側の主権や利害や政策を明確に伝えるという日本国代表の基本に疑問を感じざるをえない言動です。
しかしそもそもこの人事そのものに構造的な欠陥があるのです。民主党首脳部、とくに当時の外相の岡田克也氏の判断ミスでしょう。
そのことを私はちょうど2年前、雑誌SAPIO掲載の論文で書きました。
中国でビジネスを成功させる場合、どうしても中国政府が嫌がる言動を避けることが大前提となります。その対中姿勢を長年、続けてきた日本人ビジネスマンに日本国全体の抗議や苦情を中国政府にぶつけさせることに、そもそも無理があるのです。
以下、2年前、つまり2010年6月ごろのレポートです。私としては、「だから言ったじゃないか」という心境です。
民主党政権が中国駐在の日本大使として起用した丹羽宇一郎氏(七一)は総合商社、伊藤忠の社長や会長を務めた。中国との取引の経験も豊富である。そして伊藤忠はいまもなお中国全土で幅広いビジネス活動を続ける。丹羽大使は中国とのビジネスの体験を生かそうとするかのように大使としても日中経済の重要性をしきりと強調している。
しかし日本国全体を代表して中国と対する特命全権大使としては丹羽氏のこのビジネスの背景とコネ自体は大きなブレーキになってしまうといえよう。つまり中国と取引してきた日本の商社の代表が中国駐在の日本大使となる人事はそもそも不適切なのだ。それは中国という国家の特殊性のためである。その特殊性のために日本側のビジネス代表が経済以外の政治や安全保障の課題で中国側にオール・ジャパンの強い主張や抗議をぶつけることには制約がともなってしまうのだ。
中国で商売をする日本企業は中国当局に対しては脆弱である。中国はいうまでもなく共産党による一党独裁である。共産党の支配は経済分野にもわたる。中国経済の主力となる国有企業はみな共産党や政府の直接の支配下にあり、民間とされる企業も党の監督が課されている。
丹羽大使の出身の伊藤忠にしても、常にその政治・経済一体の中国当局と少なくとも波長を.合わさなければ、利益をあげる商売はできないのだ。そして当然ながらこれまでの長い年月も非経済の領域では中国当局の政策にはすべて暗黙の賛成を示してきたわけである。中国当局はそんな日本企業に対し往々にして傍若無人に行動する。
中国で活動する日本以外の企業も同様の扱いを受ける。アメリカ議会の政策諮問機関「米中経済安保調査委員会」は昨年の報告書で中国政府が「国家機密」をめぐる規制を利用して外国の企業に攻撃をかける傾向が強くなったことを強調した。
上海の裁判所は昨年三月、オーストラリアの大手資源開発企業「リオ・ティント」の中国責任者スターン・フー氏を中国側大手企業の「秘密」を盗んだとして懲役十年の刑に処した。同年七月、北京の裁判所はアメリカ国籍の地質学者シュエ・フォン氏に同様の機密盗用の罪で懲役八年を宣告した。しかもその「機密」は実際の盗用の時点では機密扱いされていなかった。
同報告書は「中国政府はこの種の不当な法的手段を動員して中国内部で活動する外国企業を意のままに威圧し、懲罰しようとする」と中国側を批判した。
中国での外国企業のビジネス活動の継続には、こうした側面が避けられないのだ。丹羽大使は朝日新聞が一月十四日に掲載したインタビューでは「官僚出身者では(中国の)政治に直言することが難しい」と述べていたが、まさに「ビジネス出身者では中国の政治に直言することは難しい」のだ。中国の国内で活動する外国企業、とくに日本の企業は業種にかかわらず、中国政府に耳の痛いようなことは指摘できないのである。
なぜなら中国当局はいざとなれば、外国企業を抜き打ちに、いかようにも弾圧できる。日本の海上保安庁が尖閣諸島の海域に侵入した中国漁船の船長を逮捕すると、中国側が即座に報復として中国内で活動する日本ビジネス関係者四人を逮捕したことがその実例だった。(つづく)
杜父魚文庫
9866 丹羽中国大使が媚中になる理由 古森義久

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