浪曲子守歌ではないが「逃げた女房に未練はないが、お乳ほしがるこの子がかわい」だ。チルドレンを抱えて小沢一郎は国定忠治のように“風雪流れ旅”に出るのだ。
ただ、小沢の離党は次に民主党政権に起きる“大雪崩”の予兆に過ぎない。当面は民・自・公協調路線で推移するが、延長国会終盤は解散をめぐって与野党激突が予想される。
早晩首相・野田佳彦が追い込まれるであろう解散・総選挙では民主党激減必至の流れであり、政権の前途は暗いのだ。選挙後の大連立は考えにくく、自民・公明両党を軸に、場合によっては小党が加わる新政権となる可能性が高いだろう。
小沢の離党を端的に言えば、要するにうそで塗り固めて取った政権のツケが民主党に回ってきたことになる。しかし、小沢の離党はその利子を払っただけであり、“元金”はこれから支払わなければなるまい。野田にはそれが求められることになる。
小沢は衆院38人では単独での不信任案提出には遙かに及ばず、「よしっ!」の小沢は、筆者の予言が的中し「ヤバッ!」の小沢となった。
参院12人はよく集めた方で、問責決議を上程出来るが、大政党が小沢のリードには応じず、みんなの党の問責決議と同様にたなざらしになるだけだろう。要するに、小沢の狙った政局の主導権確保とはほど遠い結果となった。
「反消費税と反原発」の旗印で小沢の意図するように選挙に勝てるかだが、とても無理だ。なぜなら世論調査では、国民の8割が「小沢新党」に「ノー」であり、何を掲げても信用されないからだ。総選挙になった場合38人のうち何人が戻れるかだが、まず比例区13人は総崩れだろう。
選挙区25人も、各党の草刈り場となって、消滅に近い。戻れる数は恐らく2ケタには乗るまい。まさに身から出たサビであり、いくらもがいても古稀になった小沢が再び政界に大きな影響力を持つ可能性は少ない。
小沢はイタリアの政党の例まで引き合いに出して「オリーブの木みたいな形でやる」と述べている。1996年にイタリアのプローディ政権を誕生させた中道左翼連合の踏襲だ。
「悪天候にも強く、たくさん実をつける」ことにちなむが、既に民主党代表の菅直人が98年の参院選でアイデアを“使用済み”であり、賞味期限切れで何の新鮮味もない。
石原慎太郎は「死んでも嫌だ」だし、利口な橋下徹が沈む泥船に乗ることもあるまい。どんなキャッチフレーズを唱えても、土井たか子ではないが「駄目なものは駄目」なのだ。だいいち「シロアリ大王」が巣くうようではオリーブもすぐに枯れる。
一方で、野田は数を失ったが、政治的には失ったものばかりではない。小沢の離党は、民主党政権に付着していた滓(おり)を洗い落としたことになるからだ。
最後に残った「悪い意味での自民党的な体質」を除去できたとも言える。「小沢切り」は、消費税で3党合意にこぎ着けた野田への信頼度を高めたことになる。少なくとも社会保障と税の一体改革関連法案の成立だけは確実になったと言えよう。
「小沢イズム」がどれだけ民主党政権にとってマイナスであったかは計り知れないものがある。マニフェスト至上主義であり、破たんしたにもかかわらず詭弁によってそれを守り抜けられると考える勢力が去った。民主党が新たな公約を作る絶好のチャンスが訪れたのだ。この際党の綱領も作るべきだろう。
さらに、「ダーティー小沢」がいなくなれば、党全体のクリーンイメージを回復出来る。これは来たる選挙戦には有利に働く。野田は「小沢切り」を際立たせれば際立たせるほど、有利なのだ。
したがって離党者の除籍処分などは言うに及ばず、小沢新党には刺客を立てて戦う必要があるだろう。幹事長・輿石東は渋るだろうが、ここは争点を鮮明にすべき時なのだ。
要するに総選挙となった場合は小沢がいた場合といない場合の、民主党の目減りには雲泥の差が生じるといってよい。しかし冒頭述べたようにそれでも民主党が敗れるのはなぜか。それは増税を実行した政権であるからに他ならない。古来増税に賛成する民衆は存在しないのである。
加えて民主党政権、とりわけ鳩山由紀夫と菅直人の繰り返した失政が、有権者の脳裏から離れず、投票行動となって現れることになるだろう。野田は崩壊する堤防の穴に手を突っ込んで食い止めているにすぎない。
杜父魚文庫
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