政治は劣化したとか、民主党はもはや崩壊したとか、極論が目立っているが、消費増税法案の衆院可決をもってそうした決めつけ方をするのはおかしい。劣化でなく、久しぶりの一歩前進だ。増税不評のなかで、やりにくいことをやったのである。
民主党から五十七人という大量の造反者が出たのは、一つの異変に違いない。これをどうみるか。異変が起きた時は、まず主要紙の社説を見るのが長年の習慣になっている。購読している四紙が可決の翌日、六月二十七日付の社説につけた見出しは次の通りだった。
▽朝日−−緊張感もち、政治を前へ
▽読売−−民自公路線で確実に成立を 造反には厳正な処分が必要だ
▽産経−−3党合意これで持つのか 首相は除名処分を決断せよ
▽毎日−−民主はきっぱり分裂を
各紙とも、民主・自民・公明三党合意による衆院可決で成立への道をひらいたことを評価する一方、朝日以外の三紙は小沢一郎元代表ら造反グループの厳正処分を求めている。当然のことで、ここに至って双方が利害得失の綱引きをするのはみっともない。組織のルールに従い、造反者を除籍(除名)にしなければ、それこそ民主党は笑いもの、墓穴を掘ることになる。
今回の騒動でもっともわかりにくいのは、大量造反の動機だ。消費増税は大型テーマだから、民主党内に反対意見があるのはむしろ当然だった。しかし、意見は意見として党議拘束に違反してまで反対投票に回る理由がわかりにくい。どうしても反対投票したいのなら、離党届を出してから投票するのが組織人のあるべき姿ではないか。
造反の動機について、核心をつく発言をしたのは菅直人前首相だった。菅さんは六月二十三日付の自身のブログで、まず昨年六月、菅内閣への不信任決議案に小沢グループが賛成する構えをみせたことに触れ、
〈目的は小沢氏の思う通りにならない私を引きずり下ろすためだった。今回もテーマは違うが目的はまったく同じだ〉と指摘したあとで、こう呼びかけた。
〈小沢グループと呼ばれている皆さん、小沢氏の個利個略のために、駒として利用されることがないように、目を覚ましてほしい。小沢氏の呪縛から離れて、自らの判断で行動してほしい〉
◇まじないかけられた? 側近、シンパ、ガールズ
キーワードが二つある。まず、個利個略。党利党略は辞書にあるが、それから派生した派利派略、個利個略はない。だが、意味はわかる。個人の利益のために謀をすることだ。
小沢さんの〈個人の利益〉とは何か。権力奪取だろう。権力を握ろうとした(現在も、している)政治家は何人もいる。政界の権力闘争は日常のこと、欲望渦巻く世界だ。しかし、欲望にも、国家、国民のため自分の理念を実現したいという公的なものと、やみくもに権力を手にしたいという私的なものとがある。
通常はこの二つがないまぜになり、政治家のイメージが浮き出てくるのだ。国民はそれを敏感に嗅ぎとる。小沢さんの場合、私的な欲望がどぎつく感じられ、手段を選ばぬ強引さが嫌われた。並はずれた蓄財欲と最近明らかになった和子夫人の手紙が、個利個略の体質を裏づけている。田中角栄元首相の紹介で結婚した和子夫人に、
「どうせ、お前も地位が欲しかっただけだろう」と言ったという信じがたいような話は、小沢さん自身がそういう感覚で権力世界を遊泳してきたことをうかがわせるのだ。
二つ目のキーワードは呪縛。まじないをかけて動けないようにすること、と辞書にある。造反五十七人のうち、自身の政策的信念から反対票を投じたものも相当数いたのは間違いない。だが、菅さんご指摘のように、日ごろから小沢さん一流のまじないをかけられたかのような言動をするものもいた。特に小沢ガールズ。
小沢さんが、〈国民生活第一〉とか〈正義〉〈大義〉を口にするたびに、世間では眉に唾する人が増えているが、呪縛の網がかかると当事者はそうでもないらしい。政界でも、森喜朗元首相などは、
「小沢さんが二十年以上政界再編を唱えて成就しないのはなぜだかわかるかい。『国家のため』と言いながら、心の中では『自分がどう生き延びるか』と邪な気持ちを抱いてきたからじゃないのかな」(五月五日付『産経新聞』コラム〈単刀直言〉)
と明快だ。しかし、呪縛派は小沢さんへの批判が強まるとよけいに信奉の度を強めたりする。
これまで小沢さんに吸い寄せられるように多くの政治家が側近、シンパとして周辺に集まり、まもなく離れていった。これが何度も繰り返されるのは、小沢さんのマインドコントロール(他人の心理状態や態度を支配すること)能力が並でないことを示している。
オウム真理教被害対策弁護団のメンバーで『マインド・コントロール』(アスコム・二〇一二年刊)の著書もある紀藤正樹弁護士は、
「マインド・コントロールは恐怖心と依存心の二つがセットになっている。恐怖心がなくなっても依存心が残ることがある」
と言う。小沢さんは典型的な強面実力者だ。若い政治家が恐怖心を抱いても不思議でない。同時に頼りがいのある先輩と思わされる。なにしろ、座持ちのよさでは政界三指に入るといわれ、対人接触術、口説き術にたけているうえ、資金力が豊富。依存心が芽生えて当然だ。厄介なことである。
小沢さんと三たびかかわりあった海部俊樹元首相は、回顧録『政治とカネ』(新潮新書・二〇一〇年刊)のなかで、
〈あの「壊し屋」にはほとほと疲れる。人の陣地に手を入れて、誘惑してその気にさせて、壊す。あの性癖は、死ぬまで治らないのではないか。業というか、あそこまでいくと、もう病としか言いようがない〉
と書いた。いままた民主党政権が標的になっている。病、ですむことではない。(サンデー毎日)
杜父魚文庫
10034 「もう病としか言いようがない」 岩見隆夫

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