産経新聞[水内茂幸の夜の政論]は読ませる。自民党の長老・森元首相は10月臨時国会・11月総選挙の容認論に立つが、谷垣総裁は8月解散・8月総選挙を目指す短期決戦論。その谷垣側近の川崎二郎元厚生労働相が、「総裁は退路を断つ!」と断言した。本音であろう。
しかし谷垣氏がいくら退路を断っても解散権を持たないから打つ手は限られる。加えて8月総選挙で自民党が勝利しても参院では少数派の構造は変わらない。次の表をみて頂く。
■衆院=480(小選挙区300 比例代表180)・・・過半数241
■参院=242(選挙区146 比例区96))・・・過半数122
自民党が有利だからと言って、選挙で過半数241議席を越えるのは不可能であろう。参院の自民党・たちあがれ日本・無所属の会は86議席。過半数の122議席には遠く及ばない。
■衆院=民主党・無所属クラブ250▽自民党・無所属の会120▽国民の生活が第一・無所属の歩37▽公明党21▽共産党9▽新党きづな9▽社民党・市民連合6▽みんなの党5▽国民新党・無所属会4▽新党大地・真民主3▽たちあがれ日本2▽無所属13▽欠員1
■参院=民主党・新緑風会92▽自民党・たちあがれ日本・無所属の会86▽公明党19▽国民の生活が第一12▽みんなの党11▽共産党6▽社民党・護憲連合4▽国民新党3▽新党改革2▽新党大地・真民主2▽無所属5
次の政権がどこになろうと、参院で多数派を確立しないと安定政権にならないのは自明の理である。来年夏の参院選こそが、どの政党にとっても最大の政治課題となる。
五年前の参院選で民主党は60議席(改選32)を獲得して大勝した。自民党は37議席(改選64)しか獲得できず惨敗している。来年の参院選は民主党が議席数の目減りをどこで食い止めるか、逆に自民党は獲得議席数をどこまで伸ばせるか、の戦いとなる。言うなら2007参院選の”裏返し選挙”となる公算が高い。
谷垣総裁は8月解散で総選挙で勝利し、9月党大会で総裁再選を確実にして、来年夏の参院選に臨む政治スケジュールを描いているのは疑う余地がない。
しかし8月総選挙で勝利して第一党になれば、谷垣首相が実現するが、少なくとも一年弱は参院で劣勢な弱体内閣になるのは避けられない。一年近く「何もできない」内閣が続けば、気まぐれな国民世論は自民党政権にも愛想を尽かし、参院選で勝利どころか現状維持になってしまう危険性がある。
そこで必要な政治力学は、来年の参院選までは民主・自民・公明の三党による”擬似連立”の継続で凌いでいくことを必然的に必要としている。具体的には年内選挙になるにしても、選挙後は来年夏までは”擬似連立”を続けるしかない。勝負は2013参院選の一点にかかっている。
その前提に立てば、小沢新党という”悪魔の手”を借りてでも野田政権を8月に倒すという”奇策”は、将来展望のない悪手である。
<民主党が分裂し、政局の緊迫度が増してきた。自民党は消費税増税法案に協力したが、野田佳彦首相は衆院を解散する気配がない。9月の党総裁選を目前に控え、ピンチの谷垣禎一総裁はどう戦うのか。谷垣さんを30年支えた最側近の川崎二郎元厚生労働相は、焼き鳥をつつきながら「総裁は退路を断つ!」と断言。その意味とは…。
川崎さんと待ち合わせたのは、東京・紀尾井町の焼鳥屋「伊勢廣・ニューオータニ店」。伊勢廣は東京・京橋で昭和8年から焼鳥店を営む老舗で、川崎さんはニューオータニ店に30年以上通い続けている。
「この店は、小渕恵三さんが首相時代に貸し切ったこともある。一串ごとのボリュームが大きく、食べ応えがあるよ」
川崎さんは、焼き鳥10本の「フル・コース」を注文。早速最初の「ささみ」が届く。確かに串には、一般店の倍近くもある肉塊が。ささみは軽く塩をふってさっと炙り、わさびを添えるのが伊勢廣流。大きな口を開けて頬張ると、何ともジューシーだ。前夜にさばいたばかりの鳥を使うので、鮮度も申し分ない。
「しかし民主党の混乱ぶりは目を覆うばかりだね」。川崎さんが瓶ビールをあおりながら語り始めた。
「今日、同僚の小野寺五典衆院議員が憤っていた。彼と同じ宮城県選出議員のコメントが、地元紙に載っていたそうだ。『私は法案に反対しましたが、民主党は出ません』とね。消費税引き上げに『政治生命を懸ける』といいながら、首相は次期衆院選で増税反対者を公認するのか。うちは棄権が1人出たが、民主・自民・公明3党の合意を守るため、あとは賛成で結束したんだ。今後参院審議で首相の覚悟を徹底的に詰めるし、不明朗なら3党合意の前提が揺らぐ」
自民党内には「単に民主党政権を延命させるだけだ」として、3党合意への嫌悪感が根強い。谷垣さんは僕が5月末にインタビューしたときも「安易な妥協はしない」と言い切っていた。それが6月15日には一転合意。谷垣さんに何があったんですか。
「その話をする前に、今の官邸はあまりに情報管理がお粗末だ」
川崎さんが2本目の「肝」をつつく。数十羽に一羽しか取れないという黄色がかったレバーが、60年以上使い続ける秘伝のタレと絡む。甘く臭みがない。
「2月に首相と谷垣さんによる『極秘会談』情報を流したのは官邸だ。こちらは驚いたね。まるで小沢一郎元民主党代表を脅すため、リークしたようにも受け取った。それが谷垣・野田間の最大の壁になり、官邸への不信感は今も続いている。先日、ある民主党幹部に通告したよ。『今後首相と谷垣さんの間では、直接電話で話し合うように伝えてくれ』とね。この幹部は『(自民党との交渉役として)僕にご指名がない』とこぼしていたが」
こんな状況で、両トップの信頼関係など築けるのだろうか。そもそも3党合意の原点は、6月14日、首相と谷垣さんとの電話会談という。谷垣さんは余程信頼に足るだけの言質を取ったのだろうか。
「確かに前日まで、谷垣さんは『民主党側に譲ることはない』と強気の姿勢だった。ただ、ちょうどそのとき山形で加藤紘一元幹事長のお母さんの葬儀があり、当時側近たちは東京を離れたんだよね。その間、谷垣さんは首相に救いの手を差し伸べた」
「谷垣さんは密約をしたのかしないのか、僕にも話さない。正直、首相との信頼醸成にはかなり手間取ったし、今でもうまくいっているのかは分からない。ただ、明確に言えるのは、谷垣さんは首相を衆院解散に必ず追い込むということだ。ここまで来るとね、8月解散しかないんだよ」
8月解散。うーん。今の首相をみていると、消費税法案だけ食い逃げして、解散しそうにないのですが…。うなっていると、名物の「鶏スープ」が運ばれてきた。コトコト数時間煮込み、塩だけで味付けしており、コラーゲンのうまさがにじみ出る逸品だ。
一体どうやって解散に追い込むのですか。
「これは戦いだから、今のうちからあれこれと足を縛る必要はない。例えば衆院審議と同様に、輿石東幹事長が採決の引き延ばしを始めたら、衆院に内閣不信任案、参院に首相問責決議案を出す選択肢が出てくる。法案がつぶれるから、小沢系も喜ぶんじゃないか。8月のお盆後も、もたもたしているようなら一気に不信任の空気が満ちてくる」
仮に不信任を出しても、衆院では小沢一郎元代表や党に残る鳩山由紀夫元首相らの賛同がなければ可決しません。
「そのときは小沢系とだってコンタクトを取りながら政局に臨めばいい。とにかく今の自民党内には、首相が造反した議員を強く処分しないことへの不満が強い。少なくとも参院で問責決議が可決されれば、その後法案は1本も通らなくなる。それで首相は9月の党代表選で再選できるのかね」
川崎さんは、日本酒を冷やで注文した。いつも選ぶのは「純米吟醸大山」。もも肉のぶつ切りとネギ、シシトウが刺さった串が届く。肉を大きく切ることで肉汁を中に閉じこめ、ジューシーな食感を演出するそうだ。
谷垣さんは、解散に追い込める確信を持っているのですか。
「よく9月の総裁選までに解散に追い込めないなら再選は危ういとはやし立てられる。けどね。谷垣さんは衆院で120人の自民党現職議員と、前回選挙で落選し、再起を目指す約170人の落選議員の命を預かって民主党と戦っている。『苦しいだろうが、もうすぐ選挙だから。党からの援助も少なく申し訳ない。おかゆをすすりながらでも頑張ってくれ』と励ましながらだよ。何より民主党政権に憤っている国民の怒りを背負っている。谷垣さんも『解散に追い込む』という政治決断をしてここまで来たんだ。退路を断つ。解散に追い込む以外、どんな選択肢があるっていうんだ」
「大山」をぐいっ。川崎さんは一呼吸おいて、かつて首相就任を固持した伊東正義元官房長官の思い出を語り出した。
「平成元年、当時の竹下登首相がリクルート事件で辞任した際、僕は同志と伊東さんの自宅に押しかけ、総理になるよう頼んだ。伊東さんは家に上げてもくれず、私は玄関先で『ページをめくらないで表紙だけ代えるのはだめだ』と言い渡された。今の谷垣さんも『ページをめくれ』と言っている。野田首相うんぬんでなく、民主党というページそのものに切り込まないとダメなんだ」
「首相は、『私も谷垣さんも再選でズルズル行こう。互いにカードを切るのは遅らせよう』と思っているかもしれない。こちらの考えはまったく違う。公明党の幹部とは『われわれが1つずつ譲っていけば、首相は衆院選を来年に遅らせ、来夏の衆参ダブル選の芽まで出てしまう。特に今国会で赤字国債を発行するための特例公債法案が成立したら、首相は来年までフリーハンドになる』と危機感を募らせあっている。民自公で協力するのも、消費税法案が最後だ」
淡々と語る川崎さん。締めは茶漬け。ここでも鶏スープがご飯と絡み、胃を暖かく洗い流す。
それにしても、川崎さんはなぜここまで谷垣さんに寄り添うのか。2人の出会いは32年前までさかのぼる。
「谷垣さんは僕が32歳で初当選した2年後に補選で国政に来た。2人で自民党の宏池会(現在の古賀派)の末席の末席に座ってね。僕は一時期、他派閥の橋本龍太郎元首相の総裁選出馬をせかしたりと、ある意味亜流。かたや谷垣さんは、宮沢喜一元首相や加藤紘一元幹事長らに仕え、宏池会の王道を歩んでいた。義理堅く、信頼関係を大事にする。『加藤の乱』をみれば分かるでしょ。あのとき、仲間は加藤さんが除名覚悟で国会に向かうのを黙って見送ろうとしたのに、谷垣さんは突然止めに入った。かっこ悪くても一本道なのだ。こうした政治スタンスは、自民党が復権するときの首相として、ふさわしいと思うんだけどね」
一般的な谷垣さんのイメージは、インパクトがなく不器用。選挙の顔として不安がる声もある。だが、かつての自民党政権が世論受けだけを狙った首相を並べ、政権を失ったことを考えれば、今は落ち着いたトップがふさわしいのか。
「世論受け」といえば、橋下徹大阪市長の動きはどうみますか。
「彼は否定するけど、国政にくら替えする可能性があると思う。自民党的視点からいえば、早く衆院選をやった方がいいね。『反原発・反消費税』と小沢系に近い主張もある。自民党にとっても、選挙を戦ううえで消費税増税はきついんだ。最近は原発問題も批判が強い。今でさえ、都市部は厳しい戦いだよ」
今年は選挙の暑い夏になるのか。谷垣さんの軍師は、「話し合い解散」より「ガチンコ勝負」に軸足を移しているようだ。(産経)>
杜父魚文庫
10055 「谷垣氏は退路断つ」軍師の自民川崎氏 8月に衆院解散 古沢襄

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