佐藤栄作以来の政権をウオッチしているが、21世紀に入ってからの日本は、何とすぐれたリーダーに巡り会えなかった国だろうかとつくづく思う。首相になった途端に首相番記者ごときと諍いを繰り返した森喜朗。劇場型パフォーマンスだけで消費税など肝腎のポイントから逃げた小泉純一郎。ノイローゼの安倍晋三。
そつがないだけの福田康夫。はちゃめちゃの麻生太郎。そして首相の座に座ること自体が犯罪的であった鳩山由紀夫と菅直人。共通しているのは菅を除けば政治家一家に生まれた2代目、3代目などだ。
いかに坊ちゃん政治家が“ヤワ”であるかを物語る存在ばかりであった。そこに登場した首相・野田佳彦は、ドジョウどころかまるで掃きだめ官邸に舞い降りたツルのように見える。なぜか。信念の政治を貫き通しているからだ。
東京駐在の外国人特派員、とりわけ米欧系の記者達は2線級だから信用していない。人が好い黄色人種の国に居ると、自分の国の体たらくは棚に上げて、どうしても上から目線でものを見る。
とりわけニューヨークタイムズなどに不愉快になる記事が多い。支える日本人スタッフの能力も低いケースが多いのだろう。ところが最近2つの有力報道機関の政治記事だけはポイントをとらえていると思う。
米紙ワシントンポストは野田を「ここ数年で最も賢明な首相」、英誌エコノミストは「野田氏は過去数代の自民党出身の首相の業績を足し合わせたよりも大きな仕事を成し遂げようとしている」と高く評価したのだ。
なぜここに来て特派員らが野田の評価を高めているかと言えば、やはり歴代首相が出来なかった課題に果敢に取り組む信念の姿勢を評価したのだろう。
官邸詰めを13年も経験したから分かるが、首相の感ずるストレスは並大抵のものではない。あの田中角栄が「首相を1年やると狐がついたような精神状態になる」と漏らしていたほどだ。相当タフな精神状態でないと耐えられないポストなのだ。
とりわけ国民に不人気な政策に正面から取りかかろうとすれば、これを利用しようとする政治屋がシロアリのように群がり、政権をむしばもうとする。
先の読めない政治屋が、もっともらしい理屈をつけて揺さぶりを掛ける。一連の消費税制局はまさに、その様相を濃くしている。暗愚宰相の見本のような鳩山までから「自民党野田派」といった、サルの尻笑いのような暴言も受ける。自分は「小沢派別動隊」であることは棚に上げてだ。
まず野田はこれに耐え抜いているだけでも偉い。耐えているだけではない、消費増税法案や原発再稼働への取り組みを見ていると10年、20年先を読んだ透徹した歴史観のようなものを感ずる。
歴史的世界の構造やその発展についての一つの体系的な見方が野田の思考形態には存在するのだ。何が国民にとって、日本という国にとって最良かの判断がまず確固としてあって、ぶれないのだ。
消費増税にしても、「政局」だけに生きる小沢一郎的な邪悪さに真っ向から対峙する度胸もある。原発の再稼働ほど一部の感情論にとらわれない、胸のすくような決定はない。国の将来の発展を見据え切った対応だ。内政だけではなく、外交・安保についても同様な歴史観がある。
台頭著しい中国とどう向き合うかについても、判断は正しい。尖閣列島国有化発言がそうだ。都知事・石原慎太郎にリードさせておけば、日中関係が危機的な状況に陥るというバランス感覚が正確に作用しているのだ。
政局に立ち向かう姿も背骨が通っている。通常の政治家なら民主党の300議席のパイを何が何でも死守しようとするだろう。しかし野田歴史観はそれすらも遠ざけるかのようである。
本人は口が裂けても言わないだろうが、国家、国民のためという視点から見れば一政党の議席など2次的なものだという視点が垣間見られるのだ。
ここに野田が孤独な戦いに臨むことのできるエネルギーが存在するのだ。外国特派員ですらこれを見逃さない。前述のエコノミスト誌は「解散総選挙に打って出れば野田氏率いる民主党は敗北が濃厚だが、氏はそんなことはどうでも良いと腹をくくっているから力を発揮できる」とその覚悟を称賛しているのだ。弁舌は巧みだが、巧言令色に陥らない。国会での失言もあきれるほど少ない
要するに野田は体を張っている。いま野田に匹敵する政治家が与野党に存在するかと言えば、いない。民主党内では岡田克也、前原誠司、仙谷由人がこの政局に鍛えられて伸びているが、野田には及ばない。
野党はどうかと言えば、自民党は優柔不断の総裁・谷垣禎一が政権の座に就いて野田と同様の信念の政治を発揮できるか怪しい。目立つのは石破茂だが党内的に弱い。石原伸晃はまだ嘴(くちばし)が黄色い。町村信孝は人望が広がらない。
政局は野党の解散指向もあって8月から激突段階に突入するが、野田を消費増税だけをやらせて葬り去るのは惜しい気がする。野田を軸にして政界再編が起きてもおかしくはないが、フィクサーがいない。
党利党略はこれを許しにくい状況に立ち至るだろう。まだ55歳だからいったん首相の座を去っても本人にやる気があれば、再登板のチャンスは出てくる。
杜父魚文庫
コメント