人口と国力は必ずしもパラレルではない。いまの世界でも、人口が少なくて影響力の大きいノルウェー(四百六十九万人・二〇一一年)やシンガポール(四百七十四万人)のような国もあれば、アメリカ(三億千三百二十三万人)は人口の多い強大国、インド(十一億八千九百十七万人)は人口が多くてもそれほど強大ではない、といろいろだ。
また、高齢化が進む国々は対策を急がなければ衰退する。ドイツ、ロシア、韓国、日本、一人っ子政策の中国もそれに近い。対策の選択肢は次の五つだ、とフランスの経済学者、ジャック・アタリさんが言っている(七月一日付『毎日新聞』の〈時代の風〉)。
(1)出生率を上げ、子供の数を増やす(フランス)(2)比較的少ない人口で安定させる(3)移民受け入れ(アメリカ)(4)女性の労働を増やす(ドイツ)(5)ロボットを使う(韓国)。日本は(2)と(5)の道を選ぶかもしれない、とアタリさんは予測している。
しかし、どうも違うように思われる。そんな悠長なことを言っておれないのではないか。厚生労働省は一月末、二〇六〇(平成七十二)年、つまり約半世紀後の将来人口推計を発表した。
それによると、日本の総人口はこの間に四千百三十二万人減って、いまの一億二千八百六万人の三分の二、八千六百七十四万人になるという。関東の一都六県分がまるまる消失する計算だ。
日本の人口推移は、明治維新のころ三千三百万人、敗戦のころ八千四百万人というから、敗戦時に戻ってしまう。八千万人が適正規模という見方もあるが、そうだとしても、年齢構成のバランスが絶対の条件だ。
ところが、推計では高齢化率(六十五歳以上が人口に占める割合)が、いまの二三%から四〇%近くまで上昇するという。ずんずん超高齢社会に向かう。極東の一角に、往年の経済大国に代わって、うらぶれた〈老人国〉が出現する姿を想像するだけで耐えがたい。
なんとしても、少子化対策のスピードアップを図らなければならない。最近、出生率が少しばかり回復傾向をみせ減少速度は緩んだというが、長期的な少子化の傾向は変わっていない。人口減少に歯止めがかかる出生率二・〇七には遠く及ばないのだ。
やはり、アタリさんの選択肢の(1)(出生率を上げ、子供の数を増やす)しか道はない。だが、政府の対策はまことに心もとない。この四月、少子化担当相は小宮山洋子厚労相の兼任になったが、民主党政権下約三年でなんと九人目、真剣さに欠けている証拠だ。自民党の野田聖子元郵政相が、
「少子化対策は中長期の仕事、誰かがやり続けていかないと志を果たすことは不可能だ」
と疑問を呈したそうだが、その通り。民主党のマニフェスト(政権公約)を見ても、〈少子化対策〉の文字はどこにもなく、〈子育て〉の項に、出産の経済的負担を軽減する、年額三十一万二千円(月額二万六千円)の子ども手当を創設する、生活保護の母子加算を復活する、保育所の待機児童を解消する、などが列記されているにすぎない。
◇人口戦争に勝つ「戦費」 すべての母親に給料を
バラマキ政策の一環でしかなく、出生率を上げるための積極策とは到底思えないのだ。では妙案はあるのか。女性に子どもを産んでもらわなければ解決しない。だが、社会の風潮は子どもを産ませない方向に流れているとしか言いようがない。
そんなことを考えている時、大阪府豊中市在住の産婦人科医、郡田義光さんの話を聞く機会があった。郡田さんは学生時代、寮生活をともにした学友で、開業医である。
「二二〇〇年ごろには、日本の人口は四千万人台に落ち込むと推計されている。このことは国家の衰退につながる重大な問題であるにもかかわらず、なんら根本的な対策が講じられていないのが現状じゃないですか」
とまず嘆いた。男女雇用機会均等法、サラリーマンの家族扶養手当の廃止、幼児保育園の確保など、すべて女性に大いに働いてもらう環境になっているのはいいとしても、一方で
「子どもは産みたいけれども、子育てのわずらわしさ、将来の教育費などを考えると、とても産めないという女性が増えている。また、女性を家に縛りつけておくのは封建制の名残で、男女平等の精神に反するという考え方が定着してきた。果たしてその考えは妥当だろうか」
と郡田さんは言う。ここまでの現状分析は私も異存ない。戦後もっとも変わったのは女性の意識、というのが私の持論でもある。だが、このあとの郡田さんの提案は衝撃的だった。
「家庭の主婦は、子どもを産み、育て、教育するだけでなく、ハウスキーパーとして家族の絆を結ぶ大変重要な働きを果たしている。夫の扶養家族なんかではなく、家庭における重鎮だ。だから私は、主婦業を立派な職業として認め、公的な給料を支払うべきだと思うのです。
子ども手当などという姑息な方法でなく、かりに二十歳から三十五歳までの主婦には主婦業に就くことを認めるべきだ」
と。目からウロコに近い気持ちで聞いた。育児は母親の天職である。郡田さんも、
「私も産婦人科医の一人だが、赤ちゃんが無事生まれ、オギャーと産声をあげた時、母親の喜び、うれしそうな顔はとても忘れられるものではない。この喜びは母親だけのものです」
と言っているが、出産と同時に、育児を中心とした主婦業に就職し、〈公的な給料〉の支給を受けるという発想、これは斬新だ。
主婦だけでなく、シングルマザーも含めていいだろう。出産から小学校卒業までの十二年間、〈育児公務員〉という考え方でどうか。
何人かの福祉専門家に聞いてみたが、口をそろえて、
「面白いが、財源がない」
と受けつけない。しかし、ない、とあきらめてかかることはない。人口戦争に打ち勝つための戦費と思えばいいのだ。同時に豊かな母性が育まれる。何兆円か、何十兆円か、厚労省は一度試算してみてください。(サンデー毎日)
杜父魚文庫
10082 ある産婦人科医の「少子化提言」 岩見隆夫

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