森さんから電話が掛かってきたのは、ついこの間のことだ。「女房が杜父魚ブログの愛読者で、ちゃんと古沢さんに電話しなさいと、言われたので・・・」。あの大きい身体で恐縮している様子が手にとる様に分かる。
森喜朗(もり・よしろう)=花の昭和四十四年当選組だったが、文部大臣(第105代)、通商産業大臣(第56代)、建設大臣(第62代)、自由民主党総裁(第19代)、内閣総理大臣(第85代・第86代)と華麗な政治経歴の持ち主である。
むしろ党人として自民党幹事長など三役の経歴が長い。自民党内では一貫して岸信介の流れを汲む福田派の後継者であり、自身が会長職に在った際は同じ派閥の小泉純一郎、安倍晋三などを支え、会長退任後も福田康夫、麻生太郎(福田派ではないが当時協力体制にあった)などを支援した。
次の衆議院選挙に立候補せず、後進に道を譲る意向を固めたという。75歳という年齢もあるが、首相になった時に前立腺ガンの宣告を受けて、治療につとめていた。小渕総理の急死を受けて、総理大臣になったが一年で辞めると言って、小泉総理を支える側に回った。
<森元総理大臣は、22日、石川県能美市で開かれた会合に出席し、次の衆議院選挙について「75歳を過ぎて、いつまでもやっているわけにはいかない。新しい人が道を切り開いていくためには、道をいくらでも譲る。今は明鏡止水の心境だ」などと述べ、立候補しない意向を固めたことを明らかにしました。
森氏は、昭和44年の衆議院選挙に旧石川1区から立候補して初当選し、これまでに14回連続で当選しています。
この間、平成12年4月に総理大臣に就任し、1年余りの在任中、平成12年7月に沖縄県名護市で開かれた、九州・沖縄サミットの首脳会議で議長を務めたほか、平成13年3月にシベリアのイルクーツクで行なわれたロシアのプーチン大統領との首脳会談では、平和条約締結後の歯舞・色丹の2島返還を明記した「日ソ共同宣言」の有効性を、初めて文書で確認しました。
日ロ関係を巡っては、野田総理大臣が、ことし、4年ぶりに復帰したプーチン大統領と親交が深い森氏をロシアに派遣したいとしていて、森氏も北方領土問題の解決に道筋をつけたいと意欲を示しています。
こうしたなか、森氏が次の衆議院選挙に立候補しない意向を固めた背景には、消費税率引き上げ法案の取り扱いを巡って、みずからの主張どおり、民主・自民・公明の3党で成立させる枠組みができたのを機に、世代交代を図りたいという思いもあるものとみられます。(NHK)>
<自民党の森喜朗元首相(75)が次期衆院選石川2区に立候補しない意向を示したことが23日、分かった。自民党県連幹部によると、22日に地元の石川県能美市内で開かれた会合で「若い人に道を譲ることが大事だ。次の選挙に出ることを見合わせたい」と述べた。県連の紐野(ひもの)義昭幹事長は「不出馬の意志は固いと感じた。県選出の国会議員が近く森氏と会談し、真意を確認した上で慰留すると聞いている」と話している。
森氏は新聞記者などを経て1969年に初当選し、当選14回。文相、建設相などを歴任後、00年4月に小渕恵三首相(当時)の入院を受け首相に就任し、九州・沖縄サミット(主要国首脳会議)の議長を務めた。ロシアのプーチン大統領と信頼関係を築き、北方領土交渉の進展に意欲を示したが、在任約1年で退陣に追い込まれた。最近は消費増税法案成立への協力や民主党との大連立を主張し、自民党の谷垣禎一総裁の党運営に苦言を呈してきた。(毎日)>
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10129 森元首相 次期衆院選立候補せず 古沢襄
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