世界は変わりつつある時に、懐古心を掻き立てられることがある。7月のワシントンは、連日、40度という猛暑に見舞われた。
世界が大きく変わりつつある。7、8年以内に、アメリカがサウジアラビアを追い抜いて、世界で最大の産油国となるとともに、原油価格を決定する国(スウイング・プロデューサー)になると、予見されている。
アメリカの関係者のあいだで、「サウジ・アメリカ」という新語が、囁かれている。あるいは、アメリカを「ニュー・ミドル・イースト」(新しい中東)と、呼んでいる。
オバマ大統領も、ロムニー共和党候補も、これからのアメリカの経済成長戦略の鍵として、化石燃料資源の開発を重視している。
アメリカは1950年代まで、世界最大の産油国だった。
日本は昭和16(1941)年まで、今日、アブラをサウジアラビアに頼っているように、アメリカに依存していた。ルーズベルト政権が日本に対して、石油の輸出を停めたために追い詰められて、対米戦争に飛び込んだ。
<中国の経済成長の足跡>
3月に、中国の温家宝首相が2012年度の経済成長率の目標を、7・5%に下げることを発表した。1989年の天安門事件によって、中国が国際的な経済制裁を蒙った1990年以来、はじめての低い数値である。
私は1989年に、人民解放軍の招きによって訪中し、天安門広場を案内された。5、6回目の訪中だった。周辺の街路に焼け爛れた兵員装甲輸送車が、まだそのまま放置されていた。
私は案内の将校から、「暴徒によって襲撃され、ここで2人の兵士が英雄的な死を遂げました」と、説明を聞かされた。私はしばし姿勢を正して、英雄的な市民や学生のために、黙祷した。将校が勘違いして、礼を述べた。
天安門事件は、その後、中国が旺盛な経済成長を続けるうちに、過ぎ去った歴史の一齣として忘れられてしまった。
<アメリカは世界第3位の産油国>
現在、アメリカは世界第3位の産油国だが、シェール・オイルも加わって、エネルギー自給自足を達成して、石油、天然ガスなどの輸出国となると、期待されている。アメリカが先導する碎石(フラッキング)技術の飛躍的な向上によって、シェール・ガスが脚光を浴びている。硬い岩石層から抽出することから、タイト・オイルとも呼ばれている。
いま、テキサス、オハイオ、ネブラスカ、コロラド、カンサス諸州は、シェール・オイルの生産によって、かつての“ゴールド・ラッシュ”もどきに、湧き立っている。
アメリカはドルを垂れ流していたのが是正され、経済が回復することになるものと、期待されている。昨年からアメリカの石油輸入量が、20年以来の低いものとなるかたわら、貿易赤字が縮小している。
アメリカが国力を衰退させてゆくという見方が流布されてきたが、アメリカは活力を取り戻してゆこう。
このところ、世界の産油地図が大きく塗り替えられつつある。とくに、カナダが存在感を増している。メキシコ湾から中南米にかけても、産油量が拡大している。
アフリカのケニアのサバンナや、ウガンダや、ガーナの沖合をはじめとする各地で、新規油田や、ガス田の開発が進んでいる。1970年代に、石油が有限の資源であって、近い将来に枯渇するという説が喧伝されたが、誤まっていた。
カナダの産油量が伸長した結果、カナダが中国を追い抜いて、アメリカにとって最大の貿易相手国となった。3位がメキシコであり、日本が4位となっている。
サウジアラビアは、アメリカが1ドル輸入するごとに、アメリカから29セントしか輸入しない。カナダは1ドルごとに、アメリカの工業製品、ソフトウェア、農産物などを、85セントも買ってくれる。
中国とサウジアラビアは、人口規模がまったく異なるものの、よく似ている。両国は新しい国だ。サウジアラビアが昭和7年に誕生したのに対して、中華人民共和国は昭和24年に建国された。
サウジアラビアは「サウド家が私有するアラビア」を意味しているが、およそ7000人の王族(プリンス)によって、支配されている。中国と同じ独裁国家であって、自由な選挙も、議会も、存在しない。
<政治への民意の反映度は>
そのかたわら、中国は太子党と共産主義青年団のおよそ300のファミリーによって、支配というと、私有されている。全国人民代表大会と呼ばれる議会があっても、名ばかりのものだ。司法も独立していない。両国の人民には、政治的な自由がまったくない。
太子党と共青団は、ライバル関係にない。共青団は太子党に忠勤を励んで、引きあげられることによって、特権階級に加わった者たちだから、同じ穴の貉(むじな)だ。中国とサウジアラビアでは、権力闘争は密室のなかで行われる。
中国はいまだに、どうしようもないほど貧しい国だ。国連統計によれば、中国の1人当たりGDP(国内総生産)は、世界120位でしかない。
党中央政治局の文書によれば、15億人の人口のうち36%が、日米ドルに換算して2ドル(約160円)以下の所得しかない。7億人が貧しい農村部に、生活している。貧富の格差が、世界一大きい。
全国にわたって、暴動が頻発している。中国の公安予算は、国防費を大きく上回ると推定されている。
サウジアラビアは、アブドゥル・アジス・アル・サウド王によって建国されたが、これまではアジス王がもっとも寵愛した妃のハッサ・アル・スデイリ王妃の88歳になる長男の現アブドゥラ王を頂点とする、7人の兄弟が治めてきた。7人は「スデイリ・セブン」として知られるが、6月にナウイフ皇太子が死去したために、3人しか残っていない。
サウジアラビアでは、権力が第2世代から第3世代へ、移行しつつある。サウジアラビアも、“アラブの春”の影響を免れていない。
そのために、2800万人の国民に、厖大な石油収入を気前よくバラまいて、体制に対する不満を抑えている。
サウジアラビアの石油の国内消費量は、人口が8200万人のドイツと変わらない。冷房を1年中、つけっぱなしにしているからだ。かつて剛健だった砂漠の民が、贅沢に慣れるようになっている。
<サウジアラビア・中国の環境変化を読みとる力が必要>
サウジアラビアの人口の3分の1が、30歳以下だ。失業率が高く、インフレが進んでいる。原油価格が75ドルを割ると、政治的な安定を保つのが難しくなるとみられる。
中国も、もし経済成長率が7パーセントを大きく割りこむようなことがあったら、安定が揺らぎかねない。ネット人口が1億数千万人を上回るようになって、情報を統制するのが難しくなっている。
中国は輸出と、外国からの投資に依存してきたのに、ユーロ危機によって世界が不景に陥るなかで、屋台骨が蝕まれている。物価が下落して、デフレが始まっている。
いま、プーチン体制のロシアが勢いを増しているが、高い原油価格がロシアを支えている。プーチン大統領は原油が安くなったら、泣きべそをかこう。
もっとも、世界的に石油や、ガスの生産が増大しても、長期的にみれば原油価格が暴落することは、考えにくい。
アジア開発銀行が『2050年のアジア』と題するレポートを発表したが、2050年までにアジアのGDPが世界の半分以上に達して、「アジアの世紀」が本格化することになると、予測している。そのかたわら、アフリカ諸国の経済が発展しようから、エネルギーの需要が増大してゆこう。
杜父魚文庫
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