11059 野田さん かっこよすぎないか  岩見隆夫

バカ正直です、と自分から宣伝する人もめずらしい。野田佳彦首相は11月14日の党首討論で、
「私は小学生の時に通知表を持って帰った。とても成績が下がっていたので、父に怒られると思っていたが、頭をなでてくれた。生活態度の講評のところに、『野田君は正直なうえにバカがつく』と書いてあったのを喜んでくれたんです。
私の教育論はそこから始まる。5とか4とか3とか、数字にあらわせない大切なものがある。『トラスト・ミー』(私を信じてほしい。鳩山由紀夫元首相が米大統領に対して使い、冷笑のマトになった)という言葉が軽くなってしまったのか、信じてもらえていない……」と述べ、会場がざわついた。
話ができすぎである。自民党の安倍晋三総裁から以前〈ウソつき〉呼ばわりされたのがよほど腹にすえかねていたのだろう。討論の前夜、どういう表現で反論するか、野田さんは考えあぐねたと思われる。
「(『近いうちに解散』の約束で)ウソをつくつもりはない」
と繰り返したあと、この発言が続いた。だが、〈バカがつく〉などと講評する教師がいるものだろうか。作り話、脚色ではないか、と私は思う。しかし、まるまるウソでもなさそう。ウソ呼ばわりに対して、ウソ臭い話で対応するのも、なかなかのワザではある。
さて、その直後の電撃的な〈16日解散〉宣言だった。約半世紀ばかり政治記者稼業をしているが、満座のなかというか、NHKテレビが全国中継しているのだから、全国民注視のなかと言ってもいい、首相が唐突に衆院解散の日取りを口にする情景を目にするのは、もちろん初めてである。正直、びっくりした。
この抜き打ち発言に、討論中の安倍さんは一瞬たじろいだ。2番手の国民の生活が第一の小沢一郎代表はまったくかすんでしまった。解散のカの字も言わない。同党は年内解散を歓迎していなかったはずだから、
「年末のこの時期に、選挙で政治空白を作っていいのか」
と噛みつくテもあったのだ。毒気を抜かれたみたいで、海千山千の小沢さんらしくなかった。3番手の公明党、山口那津男代表が、準備の余裕もあって、有利な立場に立った。発言にも精彩があった。
だが、いちばん株を上げたのは野田さんだろう。いまの選挙戦では党首のイメージが大きなウエートを占める。民主党の大勢は年内解散に反対だったから、所属議員は複雑な心境だろうが、離党者が多少は出ても、ほとんどは大勝負を演じた野田さんについていくしかない、と考えているのではないか。
 ◇「バッジ外すつもりだった」 演出過剰は嫌われる
そこで、野田株の行方である。ここは例によって、〈16日解散〉宣言の翌15日付主要4紙の社説を参考までに見てみよう。
▽「異常な選挙」の自覚もて(『朝日新聞』)
▽首相の重い決断を支持する「1票の格差」是正を先行せよ(『読売新聞』)
▽国難打破する新体制を??野田首相がやっと決断した(『産経新聞』)
▽首相の決断を評価する(『毎日新聞』)
三紙までが野田さんの決断を高く買った。『朝日』だけが、〈首相の決断はやむを得ないものと考える。悩ましいが、次善の選択もやむを得まい〉
と渋い評価だ。何が異常かというと、解散までに1票の格差是正の0増5減法案が成立したとしても、次の衆院選はいまの違憲状態の定数配分のまま行われることになる。選挙区割りと周知期間に数カ月がかかるからだ。その通り、異常ではあるが、新聞は褒める時は褒めたほうがいい。
〈やむを得ない〉と『朝日』は言うが、決断しなければもっと収拾のつかない修羅場になっていた。やむを得ない、という表現は適切でない、と思うのだが。
それはともかく、野田株がいくらか上がったとしても、民主党の劣勢に大きな変化が起こることはないだろう。衆院選の結果、野田民主党政権は退陣を強いられ、新政権が誕生するのは不可避だ。どんな形になるかは、選挙結果をみなければわからない。
解散に至る経過のなかで、もう一つ気にかかることがあった。バッジを外す、という野田さんの発言だ。解散の瞬間、全衆院議員が議員バッジを返上し、辞職したのだが、それ以前の話である。
11月12日の衆院予算委員会。自民党の石破茂幹事長が、社会保障・税一体改革関連法の対応について、
「首相は『政治生命を懸ける』と表明していたが、成立しなければ、衆院解散か総辞職を選ぶという意味だったのか」と問うたところ、野田さんはこう答えたのだ。
「(関連法に)反対して民主党を離党する人も出た。多くの人に迷惑をかけた以上、一番の責任の取り方は内閣総辞職だけでなく、自分がバッジを外すつもりだった」
語感として、バッジを外す、という言い方は好きになれないが、不成立の場合、野田さんが議員辞職まで決意していたことをおおやけにしたのは、初めてである。本当かな?
消費増税を柱とする関連法案は現に成立をみた(8月10日)のだから、成立しなかった時の心境まで語る必要があるのだろうか。一見潔いように聞こえるが、実際に議員辞職にまで踏み切っていたかどうかは、仮定の話だからだれにも証明能力がない。
ところが、野田さんはその2日後の党首討論でも同じ不成立の場合の対処にあえて触れた。
「解散するのでもない、総辞職をするのでもない、私が議員バッジを外すつもりでした」
あれ、予算委答弁と違うではないか。予算委は総辞職だけでなくバッジも、ということだったが、党首討論では私一人だけバッジを外し消えていくニュアンスである。
ちょっとかっこよすぎないか。バカ正直になることはないが、正直のほうがいい。演出過剰になると、嫌われる。(サンデー毎日)
杜父魚文庫

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