11077 書評「不況を拡大するマイナス・バブル」  宮崎正弘

いま日本経済の再生に必要なのはケインズ路線の公共投資だ。原発凍結、縮小は将来の日本経済にマイナス・バブルを惹き起す。
  
<小山和伸『不況を拡大するマイナス・バブル』(晃洋書房)>
本格派の経済学者、待望の所論である。表題の「マイナス・バブル」は、たとえば原発反対という経済のイロハも分からぬ人たちの蠢動によって引き起こされる懼れがある。日本経済を縮小させる元凶のひとつになる、と著者は鋭角的に警告する。
これ以上の不景気は嫌だなぁ。前提条件として、「悲観的予測と閉塞感の連鎖」が存在し、そのうえに「曖昧な不安と萎縮」との相互作用が「経済を蝕むマイナス・バブルに接近する」と小山教授は説かれるのだ。
理由を経済学的に叙述して、説得力があるが、本書の本質的意義はバブル経済がなぜ歴史的に繰り返されるかを、簡潔に振り返るポイントだろう。
近代最初のバブルはオランダの『チューリップ投機』だが、これは1630年代に起きた資本市場最初の過激なバブル現象、珍しい球根に、こんにちの邦貨換算で一億円以上の値が付いた。チューリップの球根に変わった模様が出来て、最初は「植物愛好家の間で、様々な品種改良や取引が行われていたのだが、ものによっては非常な高価になることから、チューリップの球根は絶好の投資対象となった」
そしてバブルはみごとにはじけ飛んだ。これは歴史的教訓として今日の世界の市場で生かせる、と著者は力説する。
「第一に投機対象がある程度保存のきくものである」。
「第二には、チューリップの栽培自体はあまり難しくなく、寒冷や乾燥に比較的強い」。そのため「専門知識のない素人でも秘録参加できた」。
「第三には、実物への関心とは別な投機のための投機活動が起きる」。
第四は「空売りや先物取引などの新しい手法が取り入れられ、手形、債券などの証券類が現物と遊離して取引される現象」。すなわち、「証券類の売買で利益を上げる投資家達のなかには、一度もチューリップの球根に触れることもなく、見ることさえなかった」。
第五に「不可思議なプロセスを経て作り上げられる新品種の魅力に関わる期待と不安の存在である」。
これら五つの条件が現代の投機に似ている。
同じく愚かなバブルはチューリップ投機から「約100年後の1720代前後にイギリスで起こった(中略)。南海泡沫会社バブルといわれるもので、時価価値で交換した国債と引き替えに、額面等価で交換額に応じた株式発行権を得た。(中略)国は政府の借金を南海会社に引き受けさせ」たのである。
株価は鰻登りとなり、群衆が投資に参加する。「この大衆心理こそバブルを膨張させる空気にほかならない」
そういえば80年代後半の日本でも不動産バブル、株価バブルがあって、銀座の高級クラブが列を付いても座れなかった。タクシーは午前四時でも拾えなかった。
経済に素人が夥しく市場に参入してきたからだ。評者(宮崎正弘)の経験でも、この時代に経済の講演に行くと楽屋に押しかけてくる人々は「どの銘柄が上がりますか?」との愚問だらけだった。もとより経済の仕組み、国際環境、米国の思惑などを話すのが目的で、銘柄なんぞまったく関心がなかったが、大衆心理とは恐ろしいものである。
同様なバブルは米国に飛びしする。十八世紀初頭、ミシシッピ会社のバブルが起きた。
これは当時、フランス領だった米国ミシシッピ川開発をめぐって「未開の大地の開発とその地域との貿易は、不透明で因果連鎖の不明確な、原因不詳の夢と期待を抱かせる(中略)。政府負債を自社株式と交換して株価をつり上げ」た点は、みごとに南海泡沫会社のやり口に酷似している。
「ミシシッピ会社は、国債所有者に対して、国債と自社株を交換する形で国の貸金を肩代わりし、1720年には政府の全負債が同社に移転された」のである。
嗚呼、2009年の未曾有のリーマンショックは金融工学の怪しげな手法で生まれてきたCDSなどという「金融商品」が破滅したのだが、なんとチューリップの球根、南海バブル、ミシシッピ会社と似ていることだろうか。
歴史の教訓は活かされなかった。
そして小山教授に拠れば、これらがマイナス・バブルであり、共通点は「①不確実性の存在、②素人の大量参入、③「新しい兵器」に後れを取ってバカになりたくない心理、の三点」だと結論するのである。
杜父魚文庫

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