11363 『安倍晋三なんてこわくない?』  古森義久

新年、明けまして、おめでとうございます。さて 新しい年の日本は安倍晋三首相の年として始まったと述べても、過言ではないでしょう。
この新年がどう展開するか。安倍氏がどう展開するか。もちろん予断はできませんが、安倍政権の動きを中心に今年のわが日本が動いていくことは当面、確実です。
その安倍氏を世界はどうみているか。とくに同盟国のアメリカはどうみているのか。安倍氏に対してはアメリカでどんな認識や誤解があるのかは、ことに日本側では気にかかる点です。
2006年9月に安倍氏が最初に首相になったときも、当然ながらシンゾウ・アベに対する関心は国際的に高まりました。その結果の末端での一つとしてニューヨーク・タイムズがワシントンに駐在する私に安倍氏に光をあてる評論記事の寄稿を求めてきました。それに応じて書いた記事は2006年9月30日の同紙に掲載されました。
いまその自分の記事をまた読んでみて、現在にも適用し、通用することばかりだと感じました。そこで安倍政権二度目のスタートにあたりその内容を改めて紹介することにしました。そこからは安倍新政権が抱える国際的な課題や安倍氏自身の挑戦の目標などが浮かんでくるように思えます。
私のこの寄稿記事の見出しはWho’s Afraid of Shinzo Abe? でした。 
この表現は1960年代のアメリカ演劇の代表的な作品Who’s Afraid of Virginia Woolf? を真似た一種の語呂合わせです。この演劇のタイトルは、日本では「バージニア・ウルフなんてこわくない?」と訳されました。
■「だれが安倍晋三氏を恐れるのか」2006年10月12日 産経新聞 東京朝刊 国際面
本紙ワシントン駐在編集特別委員、古森義久記者の米紙ニューヨーク・タイムズへの寄稿「誰が安倍晋三を恐れているのか?」は先月30日付の同紙に掲載され、さらに今月5日付のインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙にも転載された。寄稿の版権をもつニューヨーク・タイムズ紙の承諾を得て、その翻訳文を掲載する。
日本の国会は戦後では最も若い首相として安倍晋三氏を指名した。日本での批判派は安倍氏を「タカ派のナショナリスト」とも呼ぶが、現実には同氏は日本国民の80%近くを占める他の戦後生まれと同様、民主主義の中でのみ形成された人物である。
安倍氏はとくに日本の対米同盟の軌跡によって強い影響を受けてきた。1960年、日米安保条約に反対するデモ隊数千人が当時の岸信介首相の私邸を取り囲ん だとき、5歳の安倍氏が祖父の岸氏のヒザに座っていたという話はよく知られている。岸氏は日本を日米同盟へと導いた人物であり、その選択への反対は激し かった。だが安倍氏は祖父が泰然とし、米国とのきずなこそ日本国民にとって最善の進路なのだと説き明かしてくれたことを覚えているという。
いまの日本では日米同盟を選んだ分別と同盟が日本にもたらした実益を否定する国民はほとんどいない。そして安倍氏はこの面での子供時代からの体験で長期のビジョンを持つことと、そのビジョンを推進する堅い意思を保つことの価値を学んだという。
ほぼ無名の新人議員の安倍氏は現状維持に対して原則からのチャレンジを重ねることで国民的人気を得るにいたった。90年代はじめ、北朝鮮による日本国民の 拉致の追及と、被害者家族への支援で時の政府に挑戦した。その後、中国に民主主義や人権の抑圧に関して批判を表明する最初の日本人政治家の1人となった。
9・11テロ後、安倍氏は米国の対テロ戦争への協力を主導した。これら行動に共通するのは当初は激しい反対にあっても、究極的に国民多数派の強固な支持を勝ち取っていくという実績だった。
日本の戦後の負担の重要部分は戦争中の中国での行動に関連している。日本は敗戦後、東京裁判やその他の軍事裁判の判決をすべて受け入れ、サンフランシスコ 講和条約にも署名したが、中国はそうした判決や背後の判断を勝手に膨らませ、判決に矛盾する歴史の見解を強引に押しつけるようになった。長い年月、日本政 府は「歴史を糊塗(こと)する」という非難を恐れ、その種の誇大な見解に対し沈黙を保ってきた。
だが安倍氏は日本の間違いや残虐行為へ の悔恨を明確に表明する一方、中国側の情緒的で裏づけのない主張が拡大していくことに対する日本政府の沈黙に疑問を呈する最初の政治リーダーの1人となっ た。彼は日本の戦後の歴代首相が合計すれば20回以上も戦争犯罪などについて中国などに対し、公式に謝罪をしたことをも強調してきた。
安倍氏は新政権の優先政策の1つが対中関係の改善だと言明したが、同時に「和解には相互の努力が必要」とも強調している。彼は現在の民主主義の日本を受け入れる中国を希求している。
日本では戦後ほとんどの期間、国家や民族への帰属の意識は抑圧され、非難さえされてきた。国旗や国歌は公立学校でも排され、自国への誇りの表明さえ「危 険」と断じられてきた。この傾向は日本の政策を間違えた戦前の政府が自国を悲劇的で無謀な戦争へと突入させたことへの反発の結果であることは、まずだれも 否定しないだろう。
だが日本のこの国家否定の傾向は極端にまで走りすぎてしまった。いま安倍首相下の新政権は国民多数の支持を得て、振り子をこの一方の過激な極から真ん中へと戻そうとしているのだ。
安倍氏への「タカ派のナショナリスト」というレッテルは欧米のメディアのいくつかによっても使われるようになったが、そのレッテルは20世紀の旧態が終 わったことや、日本の堅実な民主主義を認めることに難色を示す人たちによって使われているようだ。同時にそのレッテルは安倍氏が最近までタブーとされた日 本の戦後憲法の改正に取り組もうとすることからも派生しているようだ。
安倍政権の憲法改正は日本の国家安全保障の機能に大きく開いたい くつかの穴を埋めることを意図している。米国の占領軍が起草した日本の憲法は日本に対し軍事強国としての復活を防ぐために適切な制約を押しつけた。だがそ れら制約はいまや日本の正当な国家防衛や平和維持活動までも阻害するようになった。
イラクに平和維持部隊として送られた日本の自衛隊は 憲法の制約で戦闘は一切、できないため、オランダやオーストラリアの軍隊に守られねばならなかった。日本はまた同盟相手の米国の軍隊や民間人が攻撃されて も、日本本土以外ではどこでも支援をすることができない。北朝鮮の最近のミサイル発射や中国の日本領海、領空への軍事侵入を含む軍拡は日本国民の脆弱(ぜ いじゃく)意識を深め、憲法改正への支持を高めている。
安倍首相は祖父の助言を守る形で日本の将来の防衛を日米同盟の枠内に堅固に保っていくだろう。米国人は共和党、民主党の別を問わず、いま人気の高い日本の新首相が完全に現代的で率直な、そして信ずるに足る友人であることを知るだろう。
杜父魚文庫

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