11393 アメリカ人青年は平壌に拉致された   古森義久

北朝鮮による日本人拉致事件の解決が改めて求められる新年の冒頭です。この事件ではアメリカの協力が陰に陽に、大きな役割を果たしてきました。
その点についての連載記事を書くことになりました。その第1回目です。
<■【再び、拉致を追う】第4部 日米関係の中の拉致事件(1) 米国編>
■「平壌で英語教師」情報
「行方不明の米国人青年が、平壌の万景台革命学院で英語を教えさせられているようだ」-米国防総省の元対北朝鮮交渉官で北朝鮮拉致を長年、追ってきた チャック・ダウンズ氏が米国人拉致疑惑の新情報を産経新聞に証言した。
拉致と断定する物的証拠に欠くこの事件は、ダウンズ氏や家族がその解明に奔走中だ が、これまでも日韓から種々の情報が提供され家族らを勇気づけてきた。背景には、日本人拉致事件の国際化に米政府が援助を惜しまなかった歴史がある。
米国人留学生のデービッド・スネドン氏=当時(24)=が、中国の雲南省で忽然(こつぜん)と消息を絶ったのは2004年8月のことだった。
事件発覚 後、スネドン氏が中国当局から北朝鮮工作員に引き渡されミャンマー経由で平壌へと拉致されたらしい-との疑惑が浮上した。これは日本、韓国からの情報提供 からだった。
今回の新情報は韓国在住の複数の脱北者からの証言で「スネドン氏としか思えない米人男性が、平壌の朝鮮労働党や人民軍の幹部の子弟を外交官や諜報員として養成する万景台革命学院で英語を教えている-との証言を得た」(ダウンズ氏)。
また、ダウンズ氏は昨年4月、ベルリンで開かれた米朝協議トラック2(非公式接触)に出席したが、「そこで接触した北朝鮮の若手外交官が米国中西部で高等教育を受けたスネドン氏の標準的英語に合致する発音や表現を流暢(りゅうちょう)に使っていた。このことに注目している」と述べた。
日米韓の情報によると北朝鮮は米軍脱走者のジェンキンス、ドレスノク両氏を長年、政府機関の英語教師に使っていた。
だが、04年7月にジェンキンス氏が 解放されて出国、ドレスノク氏も体調を崩したため新しい米国人教師を必要としてきた。またジェンキンス、ドレスノク両氏は米国南部なまりが強く高等教育を受けていないため、彼らの教育で英語を覚えた世代の北朝鮮の外交官は標準的英語の話し手が少なかったという。
さらにダウンズ氏は、同米朝協議に出席した北朝鮮側代表の一人から「新たな米国人拉致を認めるとも解釈できる言葉」も聞いており、「スネドン氏の北朝鮮による拉致はまちがいない」と確信を深めたと述べている。
ダウンズ氏によると、スネドン氏に関する状況証拠やこれに対する米政府の対応は、日本人拉致事件が日本政府に認定される前の状況によく似ているという。
この新証言で同氏や家族を日本の「家族会」や「救う会」、韓国情報関係者らが支援する国際連携が、さらに拡大する見通しとなった。そこには日米同盟を背景 とした民間協力の姿がある。
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■日米民間連帯で暴いた「事件」
チャック・ダウンズ氏は米政府の国務、国防両省で朝鮮半島問題を担当し、2011年後半まで民間の超党派人権擁護機関「北朝鮮人権委員会」の中枢だった。日本側の「家族会」「救う会」とは10年以上、緊密な連絡を保ってきた。
北朝鮮人権委員会は一昨年5月、米国で初めて北朝鮮による世界規模の外国人拉致の報告書「Taken!」(邦題「拉致報告書」)をまとめて公表、日韓両 国だけでなくルーマニアやタイなど14カ国の被害者の拉致実態を明らかにした。
米国の永住権を持つ金東植牧師が中国領内で北朝鮮工作員に拉致された事例も明記された。ダウンズ氏がスネドン氏への北朝鮮の黒い手を察知して、家族に知らせたのもこの時期だ。
スネドン氏は04年8月14日、中国・雲南省の名勝、虎跳渓近くで行方を絶った。最初は渓谷での転落事故などを疑われた。
スネドン家では家族たちが現地に急行し、自力で徹底調査を開始した。すると彼は渓谷を無事に通過、その先の小さな集落の朝鮮スタイルのカフェで食事をして散髪までしたことがすぐに判明した。事故の形跡は皆無だった。中国当局も身柄を確保していないと言明した。
その後、この地域が脱北者の秘密ルートで北朝鮮の工作員が暗躍していたことがわかった。
また脱北した化学兵器開発の研究者がこの地域で中国当局に逮捕され、強制送還されていたことなども判明した。スネドン氏は中国留学の前に韓国で2年間、勉強していたが、中国では脱北者の救援に関与していた米国人留学生の友人がいた-などの状況も明らかになってきた。
関係者が「北朝鮮による拉致」の疑惑を一気に強めたのは、昨年5月、日本の「救う会」が入手しダウンズ氏らに伝えた「スネドン氏は雲南省で中国国家安全局に一度、拘束され、その後、北朝鮮国家安全保衛部員5人に連行された」との中国消息筋の情報だった。この情報は「スネドン氏は中国からまずミャンマーに連行された」と伝えていた。
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スネドン一家は末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)の信徒で結束が固い。父のロイさん(76)、母のキャサリーンさん(76)、長男のマイケルさん(54)はさっそく来日し、拉致問題の関係者や日本政府当局者と会い、協力を求めた。
昨年8月には、父、ロイさんが韓国向けの米国ラジオ放送番組に出演して息子の話を訴えると、脱北者を妻とする在韓米国人から「複数の脱北者たちが『平壌で30歳ぐらいの米国人が英語を教えていた』と語っている」という耳よりな話が入ってきた。
拉致の疑いは日に日に高まっている。兄のマイケルさんらは地元ユタ州選出の上下両院議員にも協力を求めた。しかし米政府は現在までのところ「北朝鮮による拉致を確認できる証拠がまだない」とする。
ダウンズ氏はこの状況を「日本の拉致被害者が政府認定されなかった当時の状況に酷似している」と語っている。状況証拠は多数ありながら政府は拉致を認めていない。ただジェンキンス氏のケースでは米国情報当局が実に40年間も、同氏が北朝鮮にいることを把握できなかった。
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日本の「救う会」の調査分析によると、北朝鮮拉致は時期により4つのパターンに分けられる。(1)朝鮮戦争(1950~53年)中の韓国人拉致 (2)50年代後半~76年の韓国人漁民拉致(3)76~80年代初頭、日本人拉致(金正日拉致指令による工作員の現地化を行う教育要員確保が目的)(4)95年以降、中朝国境で脱北者支援を行っていた中国の朝鮮族、韓国人牧師ら。
スネドン氏の場合は(4)の時期で脱北者支援者に間違えられた可能性もある。
日米間の民間レベルの北朝鮮拉致への共闘はすでに始まっている。マイケル氏は昨年11月もジェニー夫人とともに来日し、日本側の関係者多数と面談した。(産経)
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第4部では、日米同盟による北朝鮮の拉致事件との闘いを追う。(ワシントン 古森義久)
杜父魚文庫

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