11601 国の統治は形態ではない統治能力そのものが問われる   加瀬英明

これから世界の2つの地域が、激動に見舞われる可能性が高い。
まず、中東だ。一昨年から独裁政権が、つぎつぎと倒れた。
私はその時から、本誌で欧米のマスコミが「アラブの春」とか、「アラブ民主革命」と呼んで喝采し、日本の新聞やテレビも追従したが、このように囃し立てたのは誤っており、中東の民衆にとっても、先進諸国にとっても、状況が革命前よりも大きく悪化しようと、指摘した。
いま、シリアのアサド政権も危ない。欧米のマスコミは、アサド政権が悪であって、反乱側が善だという報道を行ってきたが、まったく不勉強だ。
もし、アサド政権が崩壊すれば、民族や、宗派が入り乱れて殺戮しあう、地獄のような状態がさらに続いてゆくこととなろう。そうなれば、シリアを囲む国々を捲き込んでゆこう。シリア内戦における死者は、すでに5万人を数えている。
歴史を振り返れば、専制を倒すことより、そのあとがどうなるのか、ということが重要であることを、教えている。イランでホメイニ革命によって、パーレビ皇帝による独裁体制が倒されてから、どうなったか。欧米のマスコミは記憶力を欠いている。
ソ連が倒壊した後に、バルカン半島ではユーゴスラビアが分裂して、凄惨な内戦が戦われた。
民主主義も統治能力が第一である
民主的な選挙も、民主主義をもたらすとはかぎらない。イスラエルが2005年にガザ地区から撤収した後に、自由な選挙が催されて、イスラム原理主義のハマスが実権を握った。ヒトラーも民主的な選挙によって、ナチス政権を樹立した。
中東の独裁政権はどれも世俗主義をとって、イスラム原理主義を敵視して弾圧してきた。
「アラブ民主革命」が独裁政権を崩壊させたために、中東においてイスラム原理主義の時代の幕があがった。旧独裁諸国で自由な選挙が行われた結果、イスラム原理主義政党が権力を握った。
中東の政治地図が、一変しつつある。
エジプトは全アラブ人口の4分の1を占める最大のアラブ国家だが、1952年にナセル中佐が自由将校団を率いて、クーデターによって王制を倒してから、サダト、ムバラクの3代にわたって、軍部独裁体制が続いた。
軍部独裁政権は、1928年代に結党された、イスラム原理主義政党である「ムスリム同胞団」の幹部を、投獄してきた。ところが、自由な選挙が行われた結果、モルシ政権が誕生した。
チュニジア、リビアも、似たような道を辿っている。魔法の瓶から専制という蓋をとったところ、イスラム原理主義という恐ろしい妖怪が放たれた。
イスラエルを囲む状況の変化
イスラエルを囲む状況が、一変した。
昨年11月に、パレスチナ・ガザ地区を支配するハマスが、イスラエルの住宅地にロケット攻撃を加えたのに対して、イスラエルが報復攻撃を行い、多くの死傷者がでた。
これまで、イスラエルに隣接するエジプト、シリアをはじめアラブ諸国は、表立ってハマスを支援することを控えてきた。エジプトとシリアは1973年に、ユダヤ人国家であるイスラエルを滅ぼそうとして、懲りずに第4次中東戦争を仕掛けた。
ところが、また完敗して、エジプトは1967年の第3次中東戦争で失ったシナイ半島を、シリアもゴラン高原を回復できなかった。シナイ半島はイスラエルとエジプトが平和条約を結ぶことによって返還されたが、ゴラン高原はいまだにイスラエルの占領下にある。
アラブの独裁政権は、1973年にイスラエルに惨敗してから、損得を計算をして、イスラエルを口先で糾弾しても、イスラエルと戦うことを避けてきた。多くの独裁政権がアメリカと良好な関係を結んでいたことからも、パレスチナ人を厄介視していた。
しかし、「アラブ民主革命」によって生まれたイスラム原理主義政権は、宗教的情熱によって動かされている。
チュニジアのアンナハダ党政権は、ハマスの最高指導者イスマイル・ハニエを同国に招いて、共闘することを発表した。
エジプトのカンディル首相はガザに入って、ハニエとイスラエルの攻撃によって死んだ、赤児の遺体を写真班の前で2人で抱いて接吻し、イスラエルと対決することを誓った。このようなことは、ムバラク政権のもとでは想像することもできなかった。
トルコはイスラム圏における民主国家として知られてきたが、イスラム原理主義の高波によって動かされて、イスラエルに対する敵意を強めている。トルコのダブトグル外相もガザ入りをして、アラブ連盟の外相たちとともに、ガザを支援することを表明した。
ペルシア湾岸の王制諸国も、これまではガザに対して冷淡であったが、はじめてカタールのハマド首長がガザを訪れて、ハマスに4億ドル(約320億円)を献金した。
イスラエルの隣国のヨルダンのハシミテ王朝が、揺らいでいる。
ヨルダンはイスラエルとよい関係を結んできたが、人口の過半数がパレスチナ人であり、大規模な反体制デモにさらされている。
シリアのアサド政権も、崩壊した他の独裁政権と同じ世俗的政権であってきたが、存続が危ぶまれている。アサド政権はシリアを1つにまとめてきたが、倒れる可能性が高い。イスラム原理主義によって、乗っ取られることになるのではないか。
サウジアラビアの体制
サウジアラビアは、7世紀にマホメットが定めた『コーラン』の教えどうりに、イスラム法によって治められている神政国家であるが、政治的な自由がいっさいない。
7000人といわれる王族(プリンス)が権力と富を独占しており、イスラム僧が体制の言うままになっている。そのために、アル・カイーダを生んだ、イスラム過激派の標的となっている。1979年には、イスラム過激派が聖地メッカのカーバ神殿を占拠する事件が起った。
サウジアラビアでは、税金も、教育費も、医療費もない。王家が厖大な石油収入を使って、民衆をバラマキによって懐柔して、安定を保ってきた。だが、原油価格が下落すれば、中東を洗っているイスラム原理主義の高波によって、王制が倒れる可能性がある。
アメリカの石油状況の変化
アメリカは国際エネルギー機関(IEA)の発表によれば、現在進行しているシェール・オイル・ガス革命によって、2020年までにサウジアラビアを追い抜いて世界最大の産油国となり、2035年までにエネルギー(エネジー・)の自給自足を達成する(インディペンデンス)ことになる。
アメリカのペルシア湾の石油に対する依存度が大きく減ってゆけば、アメリカは財政赤字のもとで、国防費を削るのに苦慮していることから、ペルシア湾から第五艦隊を撤収することになろう。アメリカは第五艦隊をペルシア湾に常駐させているが、そのために年間800億ドル(約6400億円)を支出している。
イスラエルはイランが「イスラエル抹殺」を公然と唱えて、核兵器開発を進めているので、黙視し続けるわけにはゆかない。イスラエルがイランの核施設に攻撃を加える可能性が、高い。
アメリカはイランの核開発を交渉と、経済制裁によって押しとどめようとしているが、イランにおいて政変が起らないかぎりは、成功しまい。
日本は中東という薄氷のうえを、歩んでいる。
もし、日本が原発を停めて、中東が激動することがあれば、エネルギーの大部分を中東に依存しているために、国民生活が壊滅的な打撃を蒙ることとなろう。原発こそ、日本の国民生活を守っている。

中国が、もう1つの世界の台風の目である。
杜父魚文庫

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