■首相は変節したか?
関東などでは放映されていないが、安倍晋三首相が出演した13日放映の読売テレビ番組が興味深かった。司会者は、自民党が衆院選で主張してきた「竹島の日」を祝う式典の開催や靖国神社参拝など、まだ実現していない課題を挙げて首相に問いかけた。
「基本的には保守派は、安倍さんがやりたいようにやれるタイミングまで待とうという気持ちだと思う。だけど、どこまで待てるか。これからどうするつもりか」
保守派が不満を募らせたらどうするのかとの疑問に対し、首相の答えはこうだった。
「前回の安倍政権の時の反省点として、いきなり百点を出そうと思っても出せない。かえって重心が高くなって転んでしまう。戦後体制からの脱却が私の生涯のテーマで、これは変わってはいない。腰をじっくり据え、結果を出しながら国民の信頼を勝ち得て、やるべきことをやっていきたい」
実際、首相は現在、保守色の濃い「安倍カラー」を一部封印しているようにも見える。歴史認識をめぐる「安倍談話」発出も、集団的自衛権の政府解釈変更による行使容認も、「有識者会議」というクッションを置いて慎重に軟着陸を図っている。
こうしたことから、保守派の一部からは早くも「首相は変節した」と失望の声も漏れる。また、「就任前には領土問題などで激しいことを言っていた安倍氏も、就任後は慎重な姿勢に徹している。結構なことだ」(菅直人元首相)と妙な方面から安堵(あんど)されもした。
だが、これはともに的外れな見方ではないか。首相はただ物事に優先順位をつけ、一歩一歩着実に進もうとしているだけだろう。
■6年前との相違とは
首相は同じ番組で、自身の再登板についてこうも語っていた。
「祖父の岸信介(元首相)も、『もう1回やったらもっとうまくやるのにな』とよく言っていた」
「(前回の)反省点はたくさんある。反省点を生かせるのは、2回目の大きな利点だろう」
また、今年が巳年ということから、最近は「以前首相を務めていたときから6年たち、私自身脱皮した」などと「脱皮」を強調する場面も多い。
有権者の幅広い支持を得るためには、わずか1年間で退陣する事態に陥った前回とは違う、よりしたたかになったと成長ぶりを強調する必要もあるのだろう。
確かに首相は今回、揚げ足を取られやすい朝夕の記者ぶらさがり取材をやめ、インターネット交流サイト「フェイスブック」で自ら直接情報発信するなど、以前と手法が変わった点はある。
とはいえ首相の本質も、憲法改正など本当にやりたいことも、たかが6年で変わるはずがない。
「(せっかちに成果を求める保守派の批判は)それは仕方がない。今は着々と力をつけ、じわじわと切り崩していくしかない」
これは、実は平成18年10月、第1次安倍内閣が発足したばかりのころの首相の言葉だ。当時、首相は最初の外国訪問先に中国を選んだことや、河野談話や村山談話をただちに否定しなかったことで保守派の批判を浴びていた。
本来は味方、同志であるはずの保守派によって、後ろから盛んに矢を射かけられていたのだ。
■時間をかけて勝負を
ただ、首相自身の立ち位置は変わらずとも、首相を取り巻く情勢や環境はだいぶ変化したようだ。
この間、インターネットはますます普及し、影響力を増し、さまざまな情報の発信と共有が進んだ。そこで飛び交う言説をみても、番組司会者が指摘したように保守派はある程度「待つ」ことを学んだように見える。
「軍事政権ではないのだから、すぐに何でもできはしない」
首相は最近、周囲にこう語った。首相になったらすべて自由になるわけではないという当たり前の話だが、これさえ6年前の一部の保守派には「言い訳」と受け取られかねない雰囲気があった。
当時、首相に対する保守派の高すぎる期待は、あまりに早く簡単に失望へと変わった。勝手に裏切られたと怒りを募らせ、首相への攻撃に走る者も少なくなかった。
それが今回は、性急に結果を求める声は意外と少ない。3年余にわたる民主党政権の失政の数々を体験したためか、政治も政権運営も微妙なバランスの上に成り立つ不安定なものであることを、多くの人が実感したのではないか。
「耐え難きを耐えて(反対派の)外堀をうずめて、内堀を埋めて、ようやくここまで来た」
小泉純一郎元首相は郵政解散の際にこう述べたが、この時点で就任から4年4カ月たっていた。大事をなすには時間がかかる。安倍首相の再チャレンジはまだ始まったばかりだ。(産経)
杜父魚文庫
11627 「保守派」は学んだか 阿比留瑠比

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