かつて私は住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)の構築に強く反対した。国民に11桁の番号を振り、同番号の下に個人情報を統合してコンピュータに入力し、全国3,300自治体(当時)をつなぐ巨大なネットワークに拡大するというのが政府の考えた住基ネットだった。
この巨大コンピュータシステムは金食い虫以外の何物でもなく、日本国民の個人情報も保護されないことが明らかだった。例えば、少なからぬ地方自治体にはそのようなコンピュータシステムを取り扱える人材がいないためにサーバの管理をはじめ日々の業務を業者に丸投げし、全国で万単位の人々が住基ネットにアクセスしている状況だった。万単位の人々がアクセス出来る状況でそのシステムに満載される日本国民の個人情報を守れるはずはなく、住基ネットの安全性には危険信号が点滅していた。
納税者番号や健康保険、年金など幾つかの項目ごとの国民番号は必要だと考えているにも拘わらず、私が住基ネットに反対したのは以上の理由だった。
ところがいま、逆の意味で個人情報の管理が異常に厳しくなり、行政側が頑として情報を出さず、支障を来している。日本弁護士連合会が2011年6月17日に発表した意見書によると、東日本大震災で高齢者や障害者支援のためにボランティアで現地入りした人々の前に個人情報の壁が立ち塞がった。支援組織は、深刻な被害に遭った岩手、宮城、福島の3県と原発事故などで全住民に避難命令が出た8市町村に情報開示を求めたが、応じたのは岩手県と南相馬市だけだった。これでは一体どういう人々がいて、その人々にはどんな支援が必要なのか、行政やNGOなどは一体何をどのようにすべきなのか、皆目見当がつかない。
地方自治体は、本人の同意なしには目的外使用や外部提供を制限すると定めた個人情報保護条例を気にしているのだ。だが、同条例は「生命、身体、財産の安全確保のため、緊急かつやむを得ない」ときや「公益上特に必要がある」ときには、「情報の外部への提供」を許容してもいる。災害時の個人情報の公開は適切な救援や援助のためにも必要であり、むしろ迅速に行わなければならないのである。
そして今回のアルジェリアの天然ガス関連施設でのテロに関してである。日本国民も政府も、人質に取られたり犠牲になった日揮関係者に心からの哀悼の意を捧げている。砂漠の真っ只中でアルジェリアの人々のためにプラント建設に邁進していた日本人の誠実さがこのように踏みにじられたことに心からの怒りを抱いている。いかにテロを防ぐか、国と企業がすべきことは何かを知るためにも、正確な状況把握が必要で、生還した人々の証言と状況を詳しく分析しなければならない。
当初日揮が遺族への配慮を理由に氏名、年齢、その他の情報を開示しないよう政府に求め、政府はその要請を一旦、受け入れた。遺族の方々の心情を思いやっての配慮だが、1月24日、政府は一転して、政府の責任において人質及び犠牲になった人々の情報の開示を決めた。正しい情報に基づいて初めて、テロ対策も、海外で働く人々の心構えや防衛策の論議も進めることが出来る。政府及び企業の対策が適切だったのかも検証出来る。その意味で情報を開示するとした決定は正しい。
米英両国はすでに犠牲者の氏名、生還した人質の情報も開示済みだ。そうした人々の証言から、犯人らが複雑に分かれている関連施設の内部の構造を熟知しており、非常に素早い動きで襲撃を続けた状況などが明らかにされている。テロの全容を解明し、事後に備えるためにも、犠牲者の情報を開示し、生還した人々の証言を公益に役立たせ、犠牲を無にしないことが大切だ。これを機に個人情報保護の行き過ぎた現状の見直しが起きてほしいと思う。(週刊ダイヤモンド)
杜父魚文庫
11655 テロ犠牲者情報の開示は正しい 必ずや公益に役立たせてほしい 桜井よしこ

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