中国全人代の議題のなか、注目は行政改革と省庁の再編だというが。腐敗、不正が横行する公務員が簡単に省長の統廃合に応じるだろうか?
全人代は3月5日からである。国家主席、国務院総理、国家軍事委員会の人事などが発表される。習近平が国家主席になるが、副主席には李源潮(前組織部長、政治局員、元江蘇省書記)が就任の可能性が高い。トップの政治局常務委員ではない、ヒラの政治局員が国家副主席になるのは異例であり、習はそれだけ団派への配慮を見せることになるのだ。
月末に中央委員会が開かれ、全人代の概要がほぼ固まる。全人代はしゃんしゃん大会、欧米はラバースタンプ・アセンブリーと呼んでいる。
国務院総理(首相)には李克強がつく。
新しい経済政策の舵取りを温家宝から引き継ぐことになるのだが、中国の新しい経済政策がただちに発表され、実行に移されるのかは疑問である。
そして、行政の司司(つかさつかさ)の部長人事が発表される(つまり日本に当てはめると閣僚人事)。各部長が誰になるか、という注目点より、どれだけ省庁が「行政改革」によって削減されるかのほうに関心が集まっている。
80年代に40以上もあった「部」は現在29(財務部、外交部、交通部など)。これを更に削減し、統合再編をはかる趨勢だが、アンタッチャブルは「鉄道部」だ。
既に2011年7月の新幹線事故で表面化したように、この鉄道部だけで25兆円前後(邦貨換算)の借入金があり、しかも軍との癒着による腐敗がひどく、前鉄道部長の劉志軍がちょろまかしたカネは2億8000万円にのぼると言われた。
彼の裁判はまだ一度も開かれず、薄煕来の裁判同様に全人代以後に回されるだろう。
鉄道部は本来は「交通部」あたりに統合されるべきだろう。しかしそうなると軍人OBの再就職先であり、特権がまかり通る鉄道部としては面白くない。軍OBが徹底的に反対している様子である。
中国の文部省も、通信部、新聞出版放送部、ラジオ局などと統合されるべきという議論があるが、それぞれが過去の特権と独自性を主張して譲らず、現在進められている41部から16部へのダイナミックな再編は実現の可能性が薄い。
結局、行政改革とは省庁の再編だが、言うは易く行うは難し。腐敗、不正が横行する公務員が既得権益を捨てて、「はい、そうですか」と簡単に省長の統廃合に応じるだろうか?
(読者の声)日本文化チャンネル桜の昨日見た週一の三時間番組『討論!闘論!倒論!』は先週三百回を迎えたそう。記念すべき回に宮崎正弘&樋泉克夫両先生のダブル出演で貴メルマガ映像版の模様(笑)。
http://www.youtube.com/watch?v=gLi13qZiUjI&list=UU_39VhpzPZyOVrXUeWv04Zg&index=3
「おやっ」と思ったのは樋泉先生の肩書きが「愛知県立大学」から「愛知大学」の教授と替わった事。少子化学生数激減と経営合理化の為に大学合併でもしたかと思ったが、以前知人が愛知大学で催しに行ったのを思い出した。
評論家の手嶋龍一に拠れば愛知大学は戦前戦中に大陸に存在した日本支那学のメッカ東亜同文書院の流れを汲む。同院はソビエト学のハルピン学院と並び当時の日本のインテリジェンスで貴重な人材を輩出。知人に拠れば当時の記念物が大切に保存されているという。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%9C%E5%90%8C%E6%96%87%E6%9B%B8%E9%99%A2%E5%A4%A7%E5%AD%A6_(%E6%97%A7%E5%88%B6)
もしかして同院の伝統は愛知大学に受け継がれ秘密裏に日本の007(笑)が養成され続けているとか?いずれにしろこういう流れの中に現代支那学の大家・樋泉教授も位置付けられるかと納得。同教授は最近もプロダクティヴに貴誌一回分に二稿三稿と記事掲載。
一見すると一稿は長いが支那語の本一冊を纏める事を考えれば実に凝縮された密度の濃さだ。
支那人でもなかなかこれだけの量は読めない。まして欧米の支那学者にはとても真似出来ない。現代支那語文献の読書量に於いて樋泉先生は日本一だろう。そもそも平均的日本人が樋泉先生の書いた記事を読む間に樋泉先生は支那語の本を二~三冊読む(笑)。
以前ある国で「日本のメディア」について大学で講義する人が日本語の新聞を一ページもまともに読めない事を知りが愕然とした事があるが逆もあるという事か。
さて外務省でロシア問題のエキスパートであった佐藤優が入省当時に情報感覚の鋭敏で有能なハルピン学院出身者達がいたという。こういう伝統が受け継がれるのは日本にとって良い事である。
外務省の支那専門家達もきっと同じ違いないと思ったら元外務省で支那語専門家だったカトーちゃんが「(人民解放軍が)レーダー照射ホントにやったのか」とやってくれました。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130213/stt13021320230007-n1.htm
加藤紘一は自民党が圧勝した選挙に落ちる非常に珍しい人。東大法学部出てハーバードで学んで支那語に通じているのに中共の本質や支那の本質が全く解らない。
物分りが悪い超アホで無ければ確信犯的な中共工作員である。他にも元外務省には怪しいのがいる。ドイツ語専門で北朝鮮との交渉に当たった原田武男。彼は北朝鮮が核実験を行った決定的証拠は無いと言っている。
http://www.youtube.com/watch?v=QeHRzHpsZA4
勿論、CIAと国際ユダヤ金融資本とフリーメーソンの合作の陰謀に違いない(笑)。でもそれは宇宙船アポロ号が月に着いたのを信じないというレベルの話。結局は彼らの持つ「反米」感情が歪み日本の安全保障すら無視する様にまでなるのか。だとしたら、*反米*は*百害*あって一利なしという潮匡人氏に座布団一枚。
検証を受けない陰謀論の滑稽さだがレスリングのオリンピック種目からの除去の話が良い例。日本の保守の間ではテコンドーを押し込む韓国ロビーの策謀となっているが、同じ事をイランは「イランからメダルを奪う西側諸国の策略」と批判。でも核問題で対立する米国と共闘する準備もある(笑)。米国は西側諸国と違うのか(笑)。
http://www.yomiuri.co.jp/sports/news/20130214-OYT1T01272.htm
反米論や陰謀論も良いが自国の安全保障を損ねない程度にほどほどにしようねというのが本日の結論です。(道楽Q)
(宮崎正弘のコメント)いくつか、ささいなことですが、追加情報として。外務省OBの変人には、孫崎等のほかに天木直人がいます。
加藤紘一は「自分ほどの秀才はいない」と自己誤断しているタイプですね。
樋泉教授は定年退官後、愛知大学に呼ばれました。語学の天才でもある氏は広東語、タイ語も教えています。
さて、哈爾浜外国語学院はロシア語専門でしたが、卒業生の何人かが回想録を残しています。『自由』で連載されていたOBもいました。また研究書としては芳地隆之『ハルビン学院と満州国』(新潮選書)があります。
偶然、哈爾浜外国語学院卒業生と十数年前、上海で一緒になったことがあります(長距離バスで隣り合った偶然なのですが)。この人によれば、その前年まで卒業生の同窓会があったが、みんな老齢化し、同窓会もなくなったと嘆いていました。なぜその話が発展したかというと小生が『自由』の巻頭言を連載しており、その自由にハルビン学院回想記が連載されていて、そのことに話が及んだからでした。
(読者の声2) 貴誌昨日付け「樋泉克夫のコラム」の「神々は滅ぼそうとするものを先ず狂わせる」『朝鮮戦争(上下)』(D・ハルバースタム 文春文庫 2012年)に関連しての感想です。
1 朝鮮戦争の原因:朝鮮戦争ではソ連代表が国連軍の朝鮮派兵決議案を拒否権で葬ることができたのになぜか退場して派兵決議のお手伝いをしたことが現代史の大きな謎であった。しかし先年韓国の歴史学者の調査で、スターリンが東欧の衛星国指導者に、米国の関心を欧州からアジアにそらすためと語っていたことがわかり、納得した。
2 中共と金日成と朝鮮戦争:中共軍の参戦はスターリンの要求によるもので、毛沢東にとって好ましいことではなく、自分の息子が戦死している。金日成はソ連の傀儡であった。スターリンは蒋介石を使った傀儡戦争(支那事変)の成功で味をしめ、同じ手口を繰り返したと思われる。傀儡戦争の証拠に1953年のスターリンの死亡で朝鮮戦争は停止し再発していない。
3 米国のアジア進出欲:米国は西部開拓を終えると太平洋に進出しハワイ、フィリピンを占領し、支那満州への進出を図った。その基本方針がジョンヘイの支那門戸開放機会均等宣言である。
米国は頼まれもしないのに「支那を守る」という、大義を掲げて介入した。しかし支那は米国から八千kmも離れているので国防に関係がなくまったく正当化ができない。
そこで国民に支那を守る目的として、キリスト教の宣教、巨大市場を国民に掲げた。そして直接軍事介入ができないので金をやって支那軍閥を使った。そして軍閥の国際条約違反は放置し、日本の苦情は一切受付けなかった。このため「ワシントン体制を一番守ったのは日本、破壊したのは米国」と米国外交専門家のマクマレーが批判している。
他方、この支那積極関与方針が米国の極東外交の手を縛るという一面もあったのである。
4.米国人の支那人幻想:米国大衆の支那人善人妄想は、宣教政策の影響があった。あのパールバックの善良な支那人礼賛は恥ずかしくなるほどだ。しかし支那の宣教事業はうまくゆかなかった。
支那人はトコトンすれっからしだったから暴動が起こると教会が焼かれ略奪され、宣教師が殺され、婦女子は強姦されるなど悲劇が起きた。
しかし宣教師は事件を本部に報告しなかった。仕事と金がなくなるからだ。本部は報告があっても国民に伝えなかった。巨額の募金が集まらなくなるからだ。1927年の真正南京事件で反白人暴動が起こり白人が殺されると宣教師は敵視していたはずの日本に逃げた。
その後、宣教事業は二度と元の規模には回復しなかった。このあたりは「暗黒大陸中国の真実」ラルフ・タウンゼント著 芙蓉書房出版)が詳しい。
5.一枚上手の支那人:アメリカ人は支那人を軽視していたが、支那人はアメリカ人を馬鹿にしており金をむしり取った。支那事変でも、蒋介石は米国の弱みを握り、米国に援助をくれないと日本と講和すると言って脅した。
米国の援助は蒋一族と幹部が私物化し山分けした。援助物資が闇市場に流れているのを知って、米国支那派遣軍総司令官のスティルウェル将軍が激怒し蒋介石と喧嘩になったことは有名だ。しかしスティルウェルスの方が解任されてしまう。
米国も蒋介石にだまされたことに気が付いたが、代わりの傀儡を見つけられず、中共の毛沢東にまで接触するが、うまくゆかなかった。そしてずるずると蒋介石に搾取されたのである。
6.米国の満州支配計画:1945年2月のヤルタ会議では、ルーズベルトはスターリンに満州の代理占領と戦後の蒋介石への移管を要請した。蒋介石を傀儡に念願の満州を間接支配しようとしたのである。スターリンは米国の狙いを見抜いたうえで、帝政ロシアの支那利権や日本の領土を代償に同意した。
しかし支那利権がソ連に渡されるというのに蒋介石はよばれなかった。これは支那事変における蒋介石の傀儡性を証明するものである。ルーズベルトがヤルタの帰途「安い買い物をした」と侍医に述べたのは有名だ。スターリンが約束を守ると思っていたのである。しかし幸いにもルーズベルトは二か月後、脳溢血で頓死した。
7.米国の支那喪失:スターリンは満州を占領後、毛沢東に渡し共産化してしまった。米国の原爆投下の脅しも米政府の厭戦気分を大統領府内のスパイの報告で知っていたので無視した。
毛沢東はソ連の援助を受け、満州から国共内戦を開始した。米国は支那の地上戦に参戦する気はなく、50万人分の兵器を蒋介石に渡して手を引いた。この武器が朝鮮戦争で中共軍に使われ米兵を大量に殺すことになるのである。1949年に毛沢東が全土を共産化し、蒋介石は台湾に逃亡した。この結果、米国は支那の全拠点から追い出されてしまった。
米国の支那政策は、「トンビに油揚げをさらわれた」、あるいは「とらぬ狸の皮算用」で要約することができる。米国が支那をロストしたというのは、こうした経緯があったのである。
米国の身勝手な幻想、正義の押売り、自己陶酔、盲目的使命感、ゴ都合主義―の裏には、一応貧しいながら計算があった。しかし相手(スターリン、蒋介石)の方が一枚も二枚も上手であったということである。
8.日本の独立事情:1951年マッカーサーは米議会で「支那の喪失と共産化は米国太平洋政策百年の最大の失敗」と総括した。日本人にとって重要なのは、米国の対日戦の目的が支那満州への進出であり、日本の占領ではなかったということである。
だから1949年支那が共産化すると米国は早速1951年日本をサンフランシスコ講和会議で独立させたのである。
支那が失われた以上もはや日本占領には意味がなくなったからである。(東海子)
杜父魚文庫
11784 アンタッチャブルは「中国鉄道部」 宮崎正弘

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