<森元総理大臣は、安倍総理大臣の特使としてロシアのモスクワを訪れ、21日、プーチン大統領と会談しました。
プーチン大統領は、年内に予定されている安倍総理大臣のロシア訪問が、今後の日ロ関係の発展につながることへの期待感を示しました。また、北方領土問題については、双方が受け入れ可能な解決策を模索していくべきだという考えを示しました。
今回の森氏の訪ロの意義、そして、今後の日ロ関係の展望について、政治部の及川順記者が解説します。
■日ロ間の北方領土問題
会談で最も注目されたのは、日本とロシアの間で長年の懸案である北方領土問題で、プーチン大統領がどのような考えを示すかでした。
北方領土交渉の原点となるのは、1956年の日ソ共同宣言です。領土問題で、意見が一致する見通しが立たなかったことから、平和条約の代わりに、戦争状態の終了、外交関係の回復などを定めたものです。平和条約締結後の歯舞・色丹の2島返還も明記しています。
この日ソ共同宣言が有効だということを、日本とロシアは2001年の首脳会談で文書で確認しています。
会談が行われた場所から「イルクーツク声明」と呼ばれていますが、この声明を出した首脳が、まさに当時の森総理大臣とプーチン大統領でした。
■森氏を派遣したねらい
民主党の野田政権下では、ロシアとは、国際会議の機会なども利用して頻繁に首脳会談や外相会談が行われました。ただ、ロシアは、北方領土問題については、去年7月にメドベージェフ首相が国後島を訪問するなど強硬な姿勢をとっていました。
こうしたなか、安倍総理大臣は、打開に向けた糸口を探りたいとして、森氏をロシアに派遣することを決めました。森氏を選んだのは、森氏とプーチン大統領の深い関係です。
2人は「イルクーツク声明」を発表した首脳同士で、日本政府は、この声明をその後の交渉のよりどころとしてきました。また、森氏は総理大臣退任後もプーチン大統領との交流を続け、2人はお互いを「ヨシ」「ウラジミール」とファーストネームで呼び合う関係です。
公私にわたって親しい関係にある森氏に、プーチン大統領の本音を探ってもらおうというのが安倍総理大臣のねらいとみられます。
■成果①:北方領土問題で突っ込んだやりとり
森氏とプーチン大統領の会談はどのような内容だったのでしょうか。
クレムリンで行われた会談は1時間余りに及び、北方領土問題について突っ込んだやりとりが行われました。会談では、まず12年前の「イルクーツク声明」の重要性を確認したということです。
そして、森氏が「領土問題の最終的な解決には、安倍総理大臣とプーチン大統領の両首脳の決断が必要だ」と強調すると、プーチン大統領は「両国の間に平和条約がないのは異常だ」と述べ、問題進展への意欲をにじませました。
さらに、プーチン大統領は、柔道に例えて、「日本とロシアは畳の隅にいるので、試合が進まない。真ん中に戻ってそこから『始め』だ」とも述べたということです。
一方、プーチン大統領が大統領に当選する前、領土問題について日本語の「引き分け」という表現を使ったことについて、森氏がその真意を質すと、「勝ち負けのない解決ということだ」と説明し、双方が受け入れ可能な解決策を模索していくべきだという考えを示しました。
このプーチン大統領の「引き分け」、「勝ち負けのない解決」という表現については、森氏は、会談の翌日、モスクワの大学で行った講演で触れています。
森氏は「もし『四島一括返還』が文字どおり実現したら、日本の勝ち、ロシアの負け。逆に、現状維持が決定したら、ロシアの勝ち、日本の負けになる。どちらも恨みが残り、平和的な解決にならない」と述べました。
そのうえで、森氏は、日ロ双方が受け入れ可能な解決策を見出すことを目指して、ことしの早い時期に安倍総理大臣とプーチン大統領による首脳会談が行われることへの期待感を示しました。
いずれにせよ、北方領土について、プーチン大統領と、両国の過去の合意を尊重することや交渉進展への意欲を確認できたことは、一定の成果だと言えそうです。
■成果②:日ロの幅広い協力を確認
今回の会談の目的は、領土問題だけではなく、日ロ関係のあるべき姿について、両氏が忌憚(きたん)なく意見を交わすこともありました。会談のテーマは、経済、エネルギー、北朝鮮問題、スポーツなど幅広い分野に及びました。
プーチン大統領は、安倍政権の経済政策への興味を示したということですし、北朝鮮問題については、3回目の核実験への懸念を共有したうえで、「安倍総理大臣とじっくり話し合うテーマだと思っている」と述べたということです。
これに対して、森氏は、自民党の同じ派閥の後輩でもある安倍氏の人柄などについてもプーチン大統領に語ったということです。
このように、日本とロシアの幅広い分野での協力を確認したことが、もう1つの成果だといえます。年内に予定されている安倍総理大臣のロシア訪問に向けた、地ならしができたとみることができるかもしれません。
■ますます高まる日ロ関係の重要性
外務省関係者に話を聞きますと、日ロ関係は以前より重要になっているという指摘をよく聞きます。
中国が海洋進出を活発化させるなど軍事的な存在感を高め、北朝鮮は核実験や事実上のミサイル発射といった挑発的な行動を繰り返し、日本を取り巻く安全保障環境は大きく変化しています。
こうしたなか、日本にとっては、価値観を共有するアメリカ、韓国との連携だけでなく、ロシアとの協力がますます重要になってきているというのです。
■今後の日ロ関係は
安倍総理大臣は日ロ関係について、「大きな可能性のある2国間関係」という表現を使っています。
両国関係の進展に大きな可能性があることは確かですが、一方で、こう着状態が続いている北方領土問題で、今の段階では展望がないのも現状です。
そういう意味で、安倍政権の対ロシア外交は、今回の会談でようやくスタート地点に立ったところといえます。具体的には、領土問題の進展に加えて、経済や安全保障面での関係を強めていくことができるかどうかが課題になりそうです。(NHK)>
杜父魚文庫
11829 森元首相訪ロで対ロシア外交は 古澤襄

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