11926 書評「中国絶望工場の若者たち」   宮崎正弘

言い表せない被差別される心理、名状しがたい劣等意識の果てに・・・。「新生代農民工」が抱くのは反日ではない。プチブル都会人への怨念だ。
 
<<福島香織『中国絶望工場の若者たち』(PHP研究所)>>
いま最もパワフルな突撃取材記者。日本女性初の北京駐在特派員。中国語は並みの中国人より旨いうえ、フットワークがよく、どんな中国の僻地でも、危険な場所でも取材対象があれば飛んでいく。福島さんの取材範囲の広さ、行動力にいつも舌を巻かされるのも、当方が老いたからか。
本書のテーマは若者、それも農村戸籍によって都会にでても職場で社会で、言われなき差別を受け、かといって農業に従事したこともなく、希望を抱いて人生に挑むのだが、多くは挫折し、自殺願望が潜在し、結局は『絶望』と遭遇する。なかには本当に自殺未遂、いや自殺に失敗して半身不随になった若者もいる。
これらの世代を「新生代農民工」と呼ぶ。
彼ら彼女らは「それなりの学歴と夢を持つ一方で、鬱屈した不満を抱える」。だから「何かのきっかけでわっと集団行動をとる」と福島さんは分析する。
こうした屈折した世代が、ときに「反日予備軍」に変身することがあるものの、実はかれらは日本が強烈に憎くて反日デモや反日暴動に参加しているわけではないのだ。こういう見方、実は小生も何年も前から指摘してきたので小誌読者には意外感がないかもしれない。
都会へでてきて安月給の工場へつとめ、苦労して小金を貯めてパソコンを買い、「ネットで都市民の女の子と偶然チャットで盛り上がった。オフ会をしようと誘い、現実社会であったみた。しかし、自分が農民工と分かると、フンと鼻先で笑われ、歯牙にもかけられなかった。休みの日に遊ぶ相手は同郷の同じ農民工しかいない。数少ない同郷の友達でも、自分より給料が多いと知ると疎ましい」
こうして多重に輻輳し屈折してゆく「新生農民工」たちの劣等意識、いわれなき宿命的差別への怨念が彼らの潜在心理に深く沈殿しているのだ。
その根っこの心情は、じつは社会への怨念、もっと言えば現体制をひっくり返したい衝動だろうと推測できる。
福島さんは、こういう言い方をする。
「彼らが本当に憎んでいるのは日本ではなく、日本や日本ブランドが象徴するプチブル層で、彼らは日本が憎いのではなく、日本車を持っている金持ち層が憎くて日本車を叩き壊した」
むろん、福島さんは各個人へインタビューするにしても、こころの底をのぞけないし、これがホンネかどうかはわからないと率直に書いている。
本書の圧巻はファクスコムの従業員への突撃インタビューだ。
ファクスコムはシャープを買収しかけた台湾の「鴻海精密工業」の中国子会社である「富士康」のことであり、「奴隷工場」「残業手当がピンハネされる」「拘束時間が長い」と悪評サクサクの企業だ。
なにしろ中国全土の従業員140万人(本書では120万人)、その八割がアップル製品を生産する企業。ということはアップル製品が売れなくなれば、たちまち数十万の首切りがでる。だから暴動、ストライキは次も起きるだろう。
その従業員へ突撃インタビューをすると、意外な回答があった。詳しくは本書で。
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(余滴)福島さんは『潜入ルポ 中国の女』(文藝春秋)で衝撃のデビューを飾られたが、評者とは産経新聞北京支局時代からの知り合い。退社され帰国後は、かなり頻繁に情報交換と称しての飲み会もあるが、いつぞや池袋のチャイナタウンで、いきなり女性店員にインタビューを始めたのには驚かされた。『潜入ルポ 中国の女』はまもなく文春文庫入りするそうです。
杜父魚文庫

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