12011 円安構造へ大転換の兆し、デフレ脱却の好機   古澤襄

ロイターは高島修氏のコラム「円安構造へ大転換の兆し、デフレ脱却の好機」を報じている。シティバンクの高島氏は過去40年続いた円高構造が円安構造に変化し始めた可能性が高いと大胆な指摘をした。アベノミクスが本物だという見解である。
長期的な観点からより重要なのは、今回、日米政策金利差が0%という金利環境下で、円高が止まり、さらには値幅が20円に達するドル高円安トレンドさえ形成したということである。これを歴史的な変化ととらえている。
過去40年続いた円高構造が円安構造に変化し始めたことを感じさせる。今、まさに歴史的な円安が進行しているのである。昨年12月の総選挙の結果、安倍晋三自民党政権が発足。デフレ克服は国民的総意として位置づけられるようになった。
最近では、米当局者などから事実上のアベノミクス支持の声が相次いで聞かれるようになってきている。日銀の金融緩和による秩序だった円安であれば、米国は黙認するということだろう。経済構造的にも、地政学的にも、日本は円高デフレ均衡から抜け出す好機を迎えている。
<先週、ドル円相場は96円台に達し、昨年9月安値からの上げ幅は20円に迫ってきた。この間の主な円売りの担い手はヘッジファンドなど海外短期筋が中心で、市場の中やメディア報道では「今回のドル高円安は投機的」「円安バブル」「安倍バブル」といった指摘も少なくなかった。
一方、筆者は日米金利差などとの関係に着目。「95円程度までのドル高円安は過去に歪められた価格水準の是正であり、むしろファンダメンタルズへの回帰である」と主張してきた。
ドル円は下落トレンドから上昇トレンドに転換する時には20円ほどの値幅で動く傾向がある。短期的には、価格正常化の動きも収束するはずの頃でもあり、ドル円相場は100円を達成する前にいったん調整反落局面入りするのではないかと筆者は考えている。
ただし、長期的な観点からより重要なのは、今回、日米政策金利差が0%という金利環境下で、円高が止まり、さらには値幅が20円に達するドル高円安トレンドさえ形成したということである。
こうした変化は、1971年の金ドル交換停止(ニクソンショック)以降、一度も経験したことがないものだ。過去40年続いた円高構造が円安構造に変化し始めたことを感じさせる。今、まさに歴史的な円安が進行しているのである。
<発生しなかった「危機の円高」>
まず認識すべきなのは、確かにドル高円安が加速したのはこの半年だが、ドル円が大底を打ったのは2011年10月であることだ。
白状するなら、筆者もその時点で、ドル円底入れ判断をできたわけではない。だが、1年ほど前の昨年早春には、ユーロ圏が歴史的な危機に陥っている中でドル高円安の動きが発生した。つまり、リーマン危機や東日本大震災の時に経験したような「危機の円高」が生じなかったのである。その頃から筆者は07年以降の長期的な円高局面の終焉を確信。円安相場への転換の可能性を主張してきた。
ところで、「危機の円高」が生じる理由として、安全資産である円への「質への逃避」が起こるからだ、などといったことがよく語られる。だが、円資産を安全資産だと心の底から信じて日本に投資する海外投資家を筆者は知らない。むしろ、海外の債券ファンドなどは、高齢化や財政赤字問題などに着目。円建て資産はリターン(利回り)が低い割に、潜在的なリスクが大きすぎるとの理由で、常にアンダーウェイトにしているケースが多いくらいだ。
筆者の認識では、危機発生時に円高が生じる主な理由は経常収支面にある。すなわち、危機が発生すると、リスク量を削減する必要が生じた投資家や短期筋は、投資・投機活動を手控え、資本フローが停滞する。
場合によっては、低金利を理由に売り越していた円を買い戻す必要にさえ迫られる。その一方で、経常黒字国の日本では、企業活動を継続するために円資金を確保する必要から、輸出企業によるドル売り円買いが持続的に行われる。
証券投資など資本フローが停滞する中で、経常収支フローから生じる円買いの影響が通常以上に顕在化しやすくなる。このために、危機発生時には為替市場で円高が進行しやすくなるのである。
<東日本大震災が与えた影響>
こうして、1年前に筆者が至った仮説は、日本の国際収支の悪化が円高に歯止めをかけ始めたのではないかというものであった。実際、11年に9.5兆円の黒字だった日本の経常収支は12年には4.7兆円へ急減。基礎収支(経常収支に企業の直接投資収支を加味したもの)も11年の3000億円の黒字から12年は4.9兆円の赤字に転落した。
言うまでもなく、こうした国際収支悪化の直接的な原因は東日本大震災である。長期化する円高の影響で、輸出が伸び悩む中で、原発停止に伴うエネルギー関連輸入の増加と復興需要による輸入押し上げが加わって、貿易収支が赤字化。さらには、エネルギー事情悪化を背景に、日本企業による対外直接投資に拍車がかかった。
足もとでの円安加速の理由は政治環境の変化とそれに伴う日銀に対する金融緩和圧力の増大だが、これも東日本大震災が起こっていなければ、ここまで事態が変化することはなかっただろう。
国際収支と政治環境を激変させたという意味では、11年終盤に円高から円安への転換をもたらしたのは、東日本大震災という国難であったと考えることができる。こう捉えるだけでも、過去1年半で円相場に生じてきた変化が極めて深刻かつ重要なものであることに気づく。

<国際収支悪化の背景に3つの構造変化>
しかも、さらに構造的背景をひも解いていくと、日本の国際収支悪化問題の根深さが浮き彫りになる。そこに横たわる構造問題とは、高齢化などの人口動態問題、日本の生産性低下、グローバル化の3つである。
このうち、もっとも直接的に国際収支を悪化させているのは高齢化だろう。統計上、経常黒字は家計、企業、政府という3つの経済主体の純貯蓄の合計額と一致するが、家計の貯蓄率は65歳以上の年金世代比率と極めて高い相関を有する。現役世代に比べ、年金世代の貯蓄率が顕著に低いためだ。
折しも、昨年から団塊世代の公的年金受給が始まっており、向こう5年ほどで家計貯蓄率の低下は一段と加速する可能性がある。近年、企業の余剰貯蓄が増加傾向にあるものの、家計貯蓄の減少を相殺するには至っておらず、日本全体の純貯蓄の減少、すなわち経常黒字の減少につながっているのである。
一方、生産性の伸び悩みは90年のバブル崩壊後に顕著になった現象だ。従来、米国を大幅に上回っていた日本の労働生産性の伸び率は90年代半ば以降、米国を下回る状態が定着している。
当初、生産性が伸び悩んだのはバブル崩壊後の需要不足という側面が大きかった。だが、その後は企業の設備投資抑制に伴って、資本ストックの積み上がりにブレーキがかかり、労働装備率(労働者一人当りに投下されている企業資本)が頭打ちとなったことが、生産性改善の阻害要因となってきた。
この間、企業はアジアをはじめとした海外への直接投資(海外での設備投資)を増やし、それら国々の労働装備率と生産性の改善に貢献。相対的な日本の国際競争力を一層、減退させたのである。
むろん、こうした変化の背景には、80年代終盤の東西冷戦終結後に明確になったグローバル化の流れがある。つまり、旧共産主義諸国を含めた世界全体の市場経済化である。日本だけでなく、アジア地域全体が「世界の工場」となる時代を迎え、企業の国内外における投資活動が大きく変貌したのである。
こうして世界的な競合が増す中、日本の主な輸出産品である工業製品価格への下落圧力が高まった。一方で、新興国経済の拡大に伴って資源需給は逼迫し、日本の主な輸入品である一次資源価格が上昇。
日本の交易条件(輸出価格÷輸入価格)は90年代半ば以降、趨勢的に悪化傾向を辿り、貿易収支も次第に悪化しやすくなっていった。こうした中で実質実効円相場も90年代半ばにピークをつけた後、交易条件悪化に伴って下落基調を辿ってきた。ドル円をはじめとした名目為替レートは、11年に変動相場制移行後の円最高値をつけたばかりだが、実質為替レートでは円高のピークは18年前だったのである。
<地政学的変化も円安転換のサポート要因>
さて、実質為替相場を下落させるものは、名目為替レートの下落か、海外に比べた相対的なディスインフレ(もしくはデフレ)である。言うまでもなく、過去18年間、実質実効円相場を押し下げてきたものは後者だった。だが、昨年12月の総選挙の結果、安倍晋三自民党政権が発足。デフレ克服は国民的総意として位置づけられるようになった。
今後、越えるべき高いハードルが数多く待ち構えているものの、仮に日本が本当にデフレを克服することができ、その一方で他の諸条件が一定であるとしたならば、今度は名目円相場が下落することになるはずだ。アベノミクスへの期待で円相場が下落するのは構造論の観点からも必然的な現象とも言える。

現在、こうした円高から円安への構造転換をサポートし始めたのが、地政学的な環境変化である。20年前の東西冷戦終結時には、共産主義諸国への防波堤として役割を終えた日本を経済的なライバルとみなし、米国は通貨政策を駆使して(政治的なドル安円高圧力を高めて)追いつめた。だが、今や地政学的環境は180度転換。台頭著しい中国に対して、米国は経済的にも外交的にも強い日本復活を期待するようになった。
こうした中で、親米路線の安倍政権がデフレ克服を掲げながら発足したことを、米国は歓迎している節がある。環太平洋連携協定(TPP)参加有無が試金石として残っていたが、2月末の訪米の際、安倍首相は自民党内の根強い反対意見を押し切って、TPP交渉参加を表明。一般教書演説でTPPの重要性を強調したばかりだったオバマ大統領に呼応してみせた。最終的には、両首脳による共同声明にまで踏み込んだ。
最近では、米当局者などから事実上のアベノミクス支持の声が相次いで聞かれるようになってきている。日銀の金融緩和による秩序だった円安であれば、米国は黙認するということだろう。経済構造的にも、地政学的にも、日本は円高デフレ均衡から抜け出す好機を迎えている。(ロイター)>
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