久しぶりに浅草に出た。銀座や赤坂はどうも落ち着かない。浅草にくるとホッとする。格式ばらない庶民の街だから普段着のままでも歩ける。
武田麟太郎、高見順ら昭和作家が愛した街。この理由は浅草が大いなる田舎風の都会だったからではないか。麟太郎は大阪人、高見順は福井、父・古澤元は岩手。石川啄木は東北の地方訛りを懐かしんで、上野駅にふらりと出掛けた。
東北新幹線の改札口近くに
ふるさとの訛(なまり)なつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく
という文学碑が建っている。
雑踏にもまれながら仲店通を散策して、やげんの七味唐辛子を買い、近くの舟和でいも羊羹を求めた。政治部時代には馬肉のみそ煮、大黒そばのしゃもじについた焼きみそ、どじょう汁、ついでにマムシの血が入った葡萄酒のはしご酒を楽しんだ。
銀座ではこうはいかない。叔父の杉浦幸雄に誘われて銀座の高級サロンにも何度か足を運んだが、サービスをしてくれる美女たちからは、作りものの壊れそうな美しさしか感じられない。
杉浦さんと別れると浅草に駆けつけ、大黒そばで少女が運んでくるしゃもじの焼きみそをつまみにして、日本酒を飲んでようやく落ち着いたものである。
五月の東北旅行が迫ってきた。どぶろくを飲んで温泉につかり、来し方行く末を思うのが楽しみ。東大生になった孫を連れて行きたいのだが、駒場での学園生活があるから、そうはいくまい。ジジ離れして、素敵なガールフレンドを連れてくる日もそう遠いことではないと観念している。
杜父魚文庫
12129 浅草は大いなる田舎風の都会 古澤襄

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