■石平のChina Watch
今月2日、中国人民解放軍の戚建国副総参謀長はシンガポールで開かれたアジア安全保障会議で、尖閣問題の「棚上げ論」を持ち出した。
昨年9月の尖閣国有化以来、中国当局は時々「棚上げ論」をぶち上げて日本に揺さぶりをかけてきたが、その都度、日本政府によって拒否された。
今になって中国が再びこの「論外の論」を言い出したのはなぜなのか。戚副総参謀長の発言が行われた6月2日というタイミングからすれば、それは当然、同7日から始まる米中首脳会談とは無関係ではないと思う。
本紙5月22日掲載の関連記事でも指摘しているように、習近平国家主席が、異例ともいえる早期訪米を望んだ理由のひとつは、安倍晋三政権が展開する「中国包囲網外交」への危機感にあろう。
昨年12月の政権発足以来、安倍政権は「対中国包囲網」の構築を意図する周辺国外交を精力的に展開している。
まずは今年1月13日、岸田文雄外相が豪州を訪問し安保協力の拡大を含めた戦略的パートナー関係を強めた。同16日からは、安倍首相自身がベトナム、タイ、インドネシアの3カ国を歴訪し、安全保障分野での連携も含めた諸国との関係強化に努めた。
そして4月29日、安倍首相はモスクワで日露首脳会談に臨み、その中で両国は今後、外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)を設置することで合意した。日露両国が安全保障上の連携を始めたことはまさに画期的な出来事である。
さらに5月29日、インドのシン首相の訪日に際して発表された日印共同声明では、「海上保安庁とインドの沿岸警備隊との連携訓練」などの項目を含めた安全保障上の連携強化が盛り込まれた。
このようにして、安倍政権はこの半年間、「安全保障」の分野において、中国大陸を囲む諸国との連携強化を図ってきた。「中国」を強く意識した戦略上の連携であることは言うまでもない。
少なくとも中国側から見れば、このような動きは明らかに中国の封じ込めを意図した包囲網の構築を意味している。包囲されたことへの中国の孤立感と危機感は相当なものであろう。
そこで習政権は、「包囲網突破」のために何とかしなければならないと躍起になっているのだが、彼らの定めた最大の「突破口」はやはり対米外交だ。つまり、日本を含めたアジア諸国に絶大な影響力を持つ米国を説得し中国の味方につけておくことによって劣勢挽回の中央突破をはかろうとしているのである。
そのために急遽(きゅうきょ)決めた米中首脳会談を成功させるために、中国側は用意周到な準備に取りかかっている。先月24日に中国が北朝鮮の特使を北京に呼び「対話路線に戻る」と言わせたのもオバマ大統領を喜ばせるための「訪米準備」のひとつだろう。
冒頭に触れた戚副総参謀長の「尖閣棚上げ」発言の狙いもまさにそこにある。要するに中国側が領土問題に対する「柔軟姿勢」を示したことで「中国はアジアの安定と平和維持に積極的だ」ということを、オバマ大統領にアピールしておきたいのである。
そして、日本側が「領土問題が存在しない」との立場から「棚上げ論」を再び拒否したことで、習氏は「問題は中国にあるのではなく日本にあるのだ」との趣旨のことをオバマ大統領に訴えて責任を日本側に押し付けることもできるのである。
くだんの「棚上げ発言」はまさにこのような文脈の中から飛び出したものであろう。その一方、この「棚上げ発言」が行われた6月2日当日、中国の海洋監視船3隻はまた、尖閣沖の接続水域を航行した。「領土問題解決」への中国側の「誠意」はまったく疑わしいものである。
◇
【プロフィル】石平(せき・へい)1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。(産経)
杜父魚文庫
12904 軍幹部「尖閣棚上げ発言」の狙い 古澤襄

コメント