日本の政治家の靖国参拝に対するアメリカの反応についての報告です。雑誌『テーミス』最新号に私が書いた論文の後半の紹介です。
こうした動きをみると、アメリカの官民すべてで日本の政治家の靖国参拝への反対や、さら には靖国神社の存在自体への否定が渦巻いているかのような印象を受ける。この種の動きをことさら拡大して、安倍政権非難の火の手をつけようとする一部の日 本メディアの報道ぶりにはとくにそんな構図を誇大に描く意図を感じさせられる。
しかしアメリカの現実はそんな構図とは異なる。まず最初に明記すべきは同じ米側の反応でも反発の対象が靖国参拝だけなのか、あるいは侵略の定義なのか、さらには従軍慰安婦問題なのか、区分しなければならない点だろう。
第二次大戦自体が日本の侵略戦争だったのか否か。この点は戦争の相手のアメリカにとっ ては重大である。日本が最初に攻撃をかけて始まった戦争が日本の侵略性はまったくなかったと宣言されれば、アメリカは本気で反対せざるをえない。事は東京 裁判の全否定にもつながりかねないのだ。慰安婦問題も靖国参拝問題とはいくつかの点で別次元の課題である。
そこで焦点を日本の政治家の靖国参拝だけにしぼると、まずオバマ政権は公式には日本側 に対し批判的な言明は公式には一切していないことがわかる。アメリカ議会でも反対声明などは出ていない。
この点では5月3日のワシントンでのシンポジウム でトーマス・シーファー前駐日大使が「国のために命を捧げた人たちを悼む心情は理解できる」と述べ、日本側での靖国神社参拝への共鳴を明らかにしたことは 注視される。
日本が普通の国家らしくあろうとする動きにはすべて反対するニューヨーク・タイムズでも、今回の社説は日本側での靖国参拝自体を軍国主義復活だなどとして非難することはなく、中国や韓国の反発を招くことこそが、自粛すべき理由になると主張していた。
前述のワシントン・ポスト4月28日付の社説も「韓国も中国も自国内部の政治目的のために反日感情をあおりたてることがよくある」と述べ、中韓両国の靖国神社非難にもそうした自国の内政からのゆがみがあることを示唆していた。
とくに中国に限れば、日本の首相や閣僚の靖国参拝への反対は中国独自の政治計算による 加工品だから注意せよという指摘はかつてアメリカ側の識者たちから出ていた。靖国問題は中韓の抗議にも頑として毎年の参拝を欠かさなかった小泉首相の任期 後半の2006年、米側の専門家らから次のような意見が表明されていた。
「中国は靖国問題を利用して日本の安保政策や国内の政治の勢力図を変えようとしているのだから、日本側はその圧力に屈してはならない」(米中経済安保調査委員長のラリー・ウォーツェル氏)
「靖国が象徴する戦争の歴史の問題は日米間ではすでに解決されており、米側がそれを蒸し返すことは非生産的」(民主、共和両党政権での東アジア国家情報官だったロバート・サター氏)
こうした意見が表立って述べられていた背景には当時の共和党ジョージ・ブッシュ政権が日中間の靖国などの争いでは一貫して日本側を支持していたという事実も大きい。
今回は靖国問題で日本の立場を正面から支持する意見が米側でほとんど表面に出ないのは、第一には安倍首相が「侵略」の定義にまで踏み込み、日米間の戦争の米側の基本認識に挑む形となったことが大きいだろう。
第二にはいまの日本が中国との尖閣での衝突、韓国との北朝鮮への共同対処という大きな対外課題を抱えた現状では、靖国参拝であえて新たな対外摩擦を増さないほうがよいという「外交的な計算」を重視する向きも多いことだといえよう。
第三には、オバマ政権の高官のなかに日本の政治家による靖国参拝にかねてから強く反対 してきた左傾の人物が複数いることがあげられる。その代表はウェンディ・シャーマン国務次官、エバン・メディロス国家安全保障会議アジア部長だという。こ れら高官はこのところワシントン来訪が多い日本の閣僚、官僚に非公式な靖国参拝反対を伝え続けている。
こうした動きから、こんご日本側で安倍首相や閣僚多数が靖国神社を参拝した場合、オバマ政権が韓国や中国に同調する形で反対の公式声明を出す可能性がある。その場合の日本への不利を考え、いまの段階での日本側の自粛を期待する向きもアメリカ側では多いようなのである。(終わり)
杜父魚文庫
12909 中韓両国の靖国非難のゆがみ 古森義久

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