13067 日中駆け引きが“疝気筋”から“本筋”へ   杉浦正章

■谷地の隠密訪中は「首脳会談」の“地ならし”か
 
内閣官房参与の谷地正太郎による秘密裏の訪中が何を意味しているかと言えば、首相・安倍晋三訪中の“地ならし”的な側面を持つものなのであろう。
谷地は7年前の外務次官当時にも訪中して当時の外務次官・戴秉国(たい・へいこく)と会談、安倍の訪中を成功させている。同じルートでの接触で今回はうまくいくかどうかだ。日中情勢は尖閣をめぐって一段と悪化しているが、米大統領・オバマによる日中双方に対する話し合い解決の要請も強い。

首脳会談が実現するかどうかは未知数だが、実現するとすれば参院選挙後になるのではないかと思われる。政府筋によると「中国側は総理が終戦記念日に靖国参拝をするかなど見極めたい要素がある」と漏らしている。
谷地訪中はさる17,18の両日だ。これまでも安倍政権は公明党代表・山口那津男や、元首相・福田康夫の訪中などで中国側の感触をつかんではいるが、首相側近が首相の内意を受けて訪中しているのだから、これは“本筋”である。
日中関係は野中広務などによる訪中と尖閣棚上げ発言が象徴するように、「放置すれば“疝気筋”によってくしゃくしゃにされかねない要素が存在する」(外務省筋)というのが実情。そろそろ本格的な外交ルートで問題解決の端緒をつかむべき時に来ていることは確かだ。
安倍は谷地訪中が発覚する前の19日にロンドンで「習近平国家主席とはいつでも首脳会談をする用意はある。両国は互いに投資により利益を得ている切っても切れない関係だ。何か問題があっても、話し合いを続けることが大切だ」と述べている。
谷地の訪中報告を受けずに首脳会談に言及することはあり得ないから、報告を受けての発言であるところが重要ポイントだ。
さらに安倍は、「尖閣諸島に対し、中国が力を背景に現状を変更しようと挑発的な行為が続いているが、常に対話のドアは開いている」として、中国側の求めがあれば、首脳会談に応ずる意思を鮮明にさせている。形の上では中国側にボールを投げている感じだ。
この谷地の訪中は2006年9月末の訪中のケースと酷似する部分が多い。谷地は小泉純一郎の度重なる靖国参拝で冷え切った日中関係を打開して安倍訪中につなげたのだ。前回も今回も会談相手は、前国務委員・戴秉国ら複数の要人だ。
前回は谷地の地ならしの後、安倍は10月5日に国会で歴史認識に関して「村山談話と河野談話を引き継ぐ」と明言、同月8日の訪中につながっている。谷地訪中後10日余りの首相訪中だ。しかし日中関係の現状は当時とは比べものにならないほど悪化している。
当時は国家主席・胡錦濤が「歴史問題、靖国神社参拝問題、台湾問題の処理」を前提条件に挙げ、尖閣は議題になっていなかった。これらの問題に対する安倍の現在の立場を見れば、歴史認識では村山・河野両談話の継承を明言して、自らの持論を「封印」している。
靖国問題についても閣僚の参拝については「わが内閣の閣僚はどんな威しにも屈しない」と強硬発言をしているが、自らの参拝については「前首相時代に参拝できなかったことは慚愧(ざんき)の念に堪えない」と述べながらも実行していない。明らかに対中カードとして温存している形だ。従って尖閣を除いては訪中の環境は整っている。
 
しかし問題はその尖閣だ。オバマとの会談で国家主席・習近平は尖閣を中国にとって台湾やチベットなどと同様に譲れない「核心的利益」と位置づける発言をしている。日本は日中間に領土問題は存在しないと突っぱねている。中国の対日戦略はまず、公船の領海侵犯などで軍事圧力を強め、尖閣問題を領土問題化する。
その上で日本に領土問題の存在を認めさせ、将来は尖閣を日中共同管理に持ち込むというところにある。谷地は5月30日に「いま日中首脳会談をセットするのは適当ではない」と述べている。
その理由として①中国の立場が日本に対してより厳しくなっている②中国首脳は内部に抱える問題での不満のはけ口を対外問題でそらそうとしているーことなどを挙げている。その上で谷地は「中国には日本の力は強いし、手強いと思わせないと対等な立場での話し合いに応じまい」と、まだ駆け引きの段階にあることを強調している。
 
このような中でなぜ谷地訪中となったかであるが、安倍にしてみれば“中国包囲外交”がサミットで総仕上げとなったという思惑があるだろう。背景には中国を取り巻く主要国と精力的に首脳会談を繰り返し、習近平をそれなりに追い込んだという認識があるのだろう。
加えて米国が、極東での戦争をその世界戦略で描いておらず、オバマが安倍に対しても習近平に対しても話し合いによる解決を強く求めていることが挙げられる。
一方、習近平もオバマに「同盟国が脅迫されているのを見過ごすわけにはいかない」とまで言われては、今の国力で日米を相手に戦うことは不利との認識に至ったとみても無理はない。いずれにしても日中両国とも“沖の小島”を舞台に戦争することほど愚かな選択はない。
筆者がかねてから主張しているように双方で半世紀かけて学者が研究するような機構を設けて先送りするのがベストだ。(頂門の一針)
杜父魚文庫

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