■原発銀座で「脱原発」「安倍批判」を大展開
「原発ゼロを実現し、再生可能な自然エネルギーを-」。民主党の菅直人元首相が参院選期間中の7月11日、日本原子力研究開発機構の高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)近くで持論の「脱原発」を高らかと訴えた。“演説”では、後日に名誉毀損(きそん)で提訴する安倍晋三首相もこき下ろした。同党比例公認候補とともに大熱演の菅氏だったが、なぜか聴衆は報道陣だけ。そのワケとは…。(福井支局 矢田幸己)
■誰もが招かざる客…FAX1枚で襲来
菅元首相が福井に-。来訪のわずか2日前。菅氏の事務所から1枚のファクスが福井県政記者クラブに突如送られてきた。「脱原発」を唱える同党候補と一緒に、もんじゅを望む漁港で街頭演説を行うという内容だった。
「え、本当ですか…」。今回の突然の来県は同党県連も把握しておらず、記者クラブを通じて初めて知ったといい、「党内の関係が思った以上にこじれているな」と感じた。実際、党執行部は参院選公示後、東京選挙区で党公認候補ではなく、「脱原発」を掲げる無所属候補の支援に力を入れる菅氏の対応に苦慮していた。
福島第1原発事故発生時の首相が全国最多14基の原発を抱える福井で何を語り、原発経済に頼る地元住民らはどう受け止めるのか。当日は関西電力高浜原発(同県高浜町)での取材があったが、予定を急遽(きゅうきょ)変更し、朝早くから車を飛ばして菅元首相が来る敦賀半島先の白木地区へと向かった。
ところが現地に着き、予定時刻を迎えても聴衆の姿が見当たらない。いるのは数人の報道陣と警護にあたるSP、選挙スタッフだけ。首相経験者が遊説に来るとなれば、大勢の人だかりができてもおかしくないはすだが、どうしたことか。
■菅氏の狙いは「流行りのネット動画」
どうやら今回の参院選から解禁されたインターネット動画用の演説を撮影するのが目的で、有権者への事前告知などをしていなかったためらしい。候補者はかつて菅氏の秘書を務め、参院選ではネットを中心に積極的に選挙運動を展開。ホームページ(HP)上では自身を「WEB2・0」(ウェブの新しい利用法などを示す言葉)にひっかけ、次世代の政治家「政治家2・0」と名乗っており、原発の地元で菅氏と行う対談を動画配信することにしたようだ。
2人はこれまでもネット動画を何度か撮影しており、前日には東京電力柏崎刈羽原発(新潟県)の近くで撮影。また福島事故の「真相」を明らかするとして行った対談は、候補者のHPでかなりのアクセスを集めているという。
この日の撮影では、2人はシャツにピンマイクを付け、もんじゅを背にして立った。スタッフがカメラを構える中、トーク形式の“演説”がスタート。まず候補者がネットユーザーに向けてこう切り出した。「福島原発事故の対応について誤解も多く、(菅氏や当時の民主党政権が)批判を受けているが真相は違う」
菅氏も、もんじゅの仕組みや使用済み核燃料を再利用する国の原子力政策「核燃料サイクル」などについて安全性に疑問を呈した上で、身ぶり手ぶりを交え熱弁を振るった。
「民主党はもんじゅを最終的に廃止して、(使用済み核燃料の)再処理もやめて、原発もやめる。これが本当の意味の原発ゼロだ」
さらに核防護上の観点からも、「日本はテロで原発を攻撃される対策をとっていない。武装勢力が来て占拠されても今の体制ではとても阻止できない」と指摘した。
■あふれ出る安倍首相批判
聞いていてメモを取る手が思わず止まった。「なぜ首相在任中に指摘するようなテロ対策を取らなかったのか」。そんな疑問が頭をもたげたからだ。
尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件(平成22年9月)をめぐる対応など、菅政権の外交・安全保障政策に対する世論の批判は大きかった。それだけに原発のテロ対策に伴う防衛力強化を打ち出せば、少なからず評価は変わっていたかもしれない。
2人のやりとりはさらに熱を帯び、批判は原発再稼働を容認する自民党・安倍政権へと向かった。スタッフのTシャツには「(自民党を)勝たせすぎない」の文字が躍る。菅氏はここぞとばかりに語気を強めた。
「安倍さんは以前から『原子力ムラ』と非常に関わりが深い。(23年)5月の(安倍首相の)メルマガでは私が1号機への海水注入をやめたと書いた。これは東電幹部から聞いたとしているが、全くの嘘。安倍さんは嘘の情報で民主党政権、菅政権を潰そうとした張本人だ」
5日後、菅氏はこのメルマガ記事で名誉を傷つけられたとして、安倍首相に対し慰謝料などの支払いと記事の削除や謝罪を求める訴えを東京地裁に起こしたが、このときすでに腹は固まっていたのだろう。
福島事故直後、「原子力に詳しい」として東電本店に乗り込んだ菅氏。首相批判はさらに続き、「安倍さんが力を持つと、ますます『原子力ムラ』のスポークスマンというべきか用心棒(になってしまう)」とボルテージを上げた。
また、太陽光や風力など再生可能な自然エネルギーの必要性も主張。候補者が「新しいエネルギーを語る菅さんは魅力的ですね」と持ち上げると笑顔を見せ、首相在任時の“実績”をこう強調した。
■原発の地元について語られず
「(脱)原発政策は少なくとも3・11以前より進んだ。3・12の時点でも全国で27基の原発が動いていたが、震源地に近い浜岡(原発・静岡県)は政治的に停止させた。再稼働のハードルも高くした。一時は稼働する原発はゼロになった」
2人の対談は約25分に及んだ。「脱原発」「安倍批判」に終始した印象で、原発停止に伴う当面の地元経済への影響などについて、菅氏の口から語られることはなかった。
福井の嶺南地域には原発が集中し、関連企業で働く人も少なくない。原発経済に頼る自治体や住民が菅氏のように「脱原発」で一致するわけではなく、取材を続けていると、原発の必要性を訴える地元の声はよく聞く。「脱原発」を声高に叫んでいるのは電力の供給地ではなく、消費地なのだとも気付く。
今回撮影された動画は、候補者のHP上で誰もが見られると菅氏らはしきりに強調した。しかし、わざわざ原発最多県に足を運んだ割に、演説は地元に向けて語られたものではなかった。記者の目には、長年にわたり原発と共存してきた住民の存在をいくぶん軽視したようにも映った。
鳩山由紀夫元首相らとともに「民主党没落」の象徴として語られる菅氏。聴衆なしの動画撮影目的での来県は、頭で浴びる批判を恐れたのかと勘ぐってもしまった。
撮影後の囲み取材。「選挙区の候補がなぜこの場にいないのか」という記者の質問に、菅氏は「いちいち選挙区の状況を知っているわけではない」。短くそう答えた。(産経)>
杜父魚文庫
13423 前代未聞の聴衆ゼロ演説…菅元首相、 古澤襄
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