13476 株価1万8000円を呼び込む参院選後の政治力学=丸山俊氏  古澤襄

BNPパリバ証券 日本株チーフストラテジストの丸山俊氏の日本政治の分析は優れている。株価が1万8000円を呼び込むというのは、あくまで予測値に過ぎないが、安倍首相が自民党内で必ずしも圧倒的な政治基盤を有しておらず、唯一無二の武器こそ「世論の支持」であると指摘しているのは正しい。
だから安倍首相は参院選後も高支持率の背景にある上げ潮・株高(政策)を維持する。消費税率引き上げの判断が迫る中、景気に及ぼすマイナスの影響を緩和するために今年度も大規模な補正予算が編成される公算が大きい。
公的年金の株式買い入れ拡大や長期国債を大量に保有する日本郵政の民営化などが決まれば、国債売り圧力を吸収するために日銀は国債買い入れの増額、買い入れ期間の延長、買い入れる国債の年限長期化といった追加緩和を実施する公算が大きいとみている。
<今回の参院選では事前の予想通り、自公連立与党が過半数を獲得した。日本維新の会とみんなの党が選挙協力に失敗し、反(非)自民票が割れたことが与党の議席を押し上げたと見られる。
とはいえ、自民党単独では過半数に届かなかったほか、自民党は米軍基地問題が暗礁に乗り上げている沖縄で議席を落としたり、生活の党・小沢一郎代表の牙城である岩手でも議席を無所属候補に持っていかれるなど、圧勝の陰に今後の政局運営をめぐって安倍政権が抱える「ジレンマ」が隠されているような気がする。
まず、参院では公明党がキャスティングボートを握ることになった。公明党の政策スタンスは憲法改正問題だけでなく、環太平洋連携協定(TPP)の例外品目、原発再稼動、雇用制度、年金改革などで自民党よりも穏健である。
そもそも、自公連立は1998年の参院選で自民党(橋本龍太郎政権)が過半数を失ったため、後を継いだ小渕恵三政権が99年に公明党と連立を図ったことに始まる。しかし、ねじれ解消のためとはいえ、両党の政策には隔たりも大きく、公明党の持つ創価学会という独自の選挙基盤を当てにしたという側面もあった。いずれにしても、公明党が参院でキャスティングボートを握ることにより、政権の改革姿勢が後退する可能性は否めない。
安倍首相の心中を察するに、最大の誤算は、自民と維新、みんなの党などの改憲に前向きな勢力が国会での発議に必要な3分の2に届かなかったことだろう(ちなみに衆院では3党合わせて3分の2以上を確保している)。安倍首相が憲法96条および9条改正を目指す限り、これらの第3勢力はもとより、公明党の協力が必要になる。
<アベノミクスの要諦は「株高=支持率」>
問題は野党だけではない。安倍首相の最大の弱みは党内における自身の政治基盤が弱いと見られていることだ。自民党総裁選で自身の派閥(町村派)の長である町村信孝氏を押し退けて立候補した安倍晋三氏は無派閥を中心に麻生派、大島派(旧高村派)、谷垣派などの支持を取り付けて総裁に当選した経緯を持つことは周知の通りである。
安倍政権が成長戦略として打ち出した医薬品のインターネット販売解禁やTPP交渉参加に強く抵抗したのが自民党内の保守派だったことは、与党が圧勝した参院選後の政権運営ですら、自民党内からの声にも一定の配慮をせざるを得ない状況を示している。
自民党内に強力な支持基盤を持たない安倍首相が、様々な利害を代表する議員集団である自民党を一つにまとめるための唯一無二の武器こそ「世論の支持」であり、高支持率の背景にある上げ潮・株高(政策)である。安倍政権は参院選までどころか、参院選後も景気を優先せざるを得ないのである。
そうした安倍政権の性格が端的に表れた出来事が、6月上旬に成長戦略を発表した直後の株価急落を受けて、急遽、法人減税や成長戦略第2弾の検討を関係閣僚に指示するなど、株価を上げるためになりふり構わない姿勢を示したことだった。

参院選前だったとはいえ、株式市場の要求に屈して即座に政策変更(追加)を行った内閣がこれまでにあっただろうか。成長戦略第1弾を受けて安倍政権は改革に消極的、小出しの政策というマイナスイメージを覚えた投資家も多かったかもしれないが、筆者の印象は全く正反対である。安倍政権は「株高=支持率」のためであれば、なりふり構わず何でもやる政権との印象を受けた。はっきり言って、これ以上に株式市場にとってポジティブな政治サインを見たことはない。
足元では、参院選直後の世論調査で内閣支持率が軒並み下落するなど、安倍内閣のハネムーンは終わりを遂げつつあるようだ。円安によって日用品などの価格が上昇する一方、賃金の上昇ペースが鈍いこと、交渉が始まったTPP、相次ぐ原発再稼動へ向けた動きなどに世論が敏感になりつつある。このため、海外投資家が注目する改革、すなわち原発再稼動、解雇法制の見直しなどの労働市場改革、社会保障改革といった痛みを伴う政策に本腰を入れて取り組むのは、世論を背景にした公明党や自民党内からの大きな反発を考えると、2014年以降になるかもしれない。
しかし、だからこそ公表済みの成長戦略の具体化や特区による規制緩和、民間資金を活用した社会資本整備(PFI)の推進、公的年金の運用方針見直しなどには速やかに取り組み、その一方で時間稼ぎのための金融・財政政策の出動も厭(いと)わないのではないだろうか。
実際、消費税率引き上げの判断が迫る中、景気に及ぼすマイナスの影響を緩和するために今年度も大規模な補正予算が編成される公算が大きい。公的年金の株式買い入れ拡大や長期国債を大量に保有する日本郵政の民営化などが決まれば、国債売り圧力を吸収するために日銀は国債買い入れの増額、買い入れ期間の延長、買い入れる国債の年限長期化といった追加緩和を実施する公算が大きい。
安倍首相が憲法改正問題に執着すればするほど「支持率」という束縛から逃れられないこと、そのこと自体が株式市場にとってはプラスなのである。
<もうひとつの消費税率引き上げシナリオ>
そんな安倍政権が最初に迎える試練が、消費税率引き上げの是非を判断することである。オプションは、1)予定通り14年4月に5%から8%へ、15年10月に8%から10%へ引き上げること、2)来年4月の引き上げを見送り、15年10月に一挙に5%から10%へ引き上げるというスキップ方式が考えられる。
賃金上昇率で消費税率引き上げ分が相殺できない、要は実質賃金がマイナスの中での消費税率引き上げには景気への悪影響も小さくはなく、国民から不人気であることは明らかである。その意味では、15年10月に一挙に5%から10%に引き上げるのであれば、財政再建を棚上げしないで景気にも配慮できるベストシナリオである。
ただし、来年4月引き上げを先送りとしてしまうと、それ以降の引き上げは難しく、消費税率引き上げの中止(キャンセル)と見なされてしまう恐れがあり、海外投資家を中心に株式や国債は大きく売り込まれる可能性が強い。
日本の政治や政策変化に注目する海外投資家の期待は失望に変わるだろう。10年債利回りは再び1%台まで上昇しても不思議ではなく、悪い金利上昇によって株式市場も大きく動揺しよう。消費税率引き上げの是非は、安倍政権にとって最初の正念場になりそうだ。
<年内1万8000円の前提条件>
筆者は、以下の要因が整うことで、12年12月から13年5月までに起こった強気相場がもう一度(1回目よりはスケールダウンして)繰り返されると考えている。
参院選を経てすでに実現した衆参のねじれ解消に加えて、1)米緩和縮小に伴うドル高・円安、2)消費税率引き上げの影響緩和を意図した大規模補正予算の編成(財政拡張)、3)日銀追加金融緩和、4)年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の基本ポートフォリオ見直しや日本郵政上場計画などを受けた国内機関投資家の株式買い入れ、である。
この場合、13年末までに日経平均株価は1万8000円まで上昇するだろう。資産効果や消費者心理の改善を受けた消費の増加やキャッシュフローの改善を背景とする設備投資の増加も株高を下支えする。
もちろん、痛みを伴う国民にあまり人気のない法人税率の一括引き下げ、原発早期再稼働、労働市場の規制緩和、年金改革といった日本経済の潜在成長率引き上げに本当に必要な改革ができなければ、日経平均で1万8000円という株価水準はあくまでも一時的なものであり、維持不可能であることだけは念を押しておきたい。
<日本人が知らない日本株の魅力>
一方、アベノミクスとは別なところで、日本株の存在感が高まっている。その答えは、今後数年にわたる大きなレジームチェンジとなる、米金融緩和の出口戦略にある。
レジームチェンジと言えば聞こえはいいが、要は「この数年間あったことを忘れてください」ということである。政治的には、体力を回復した米国には新興国の助けが要らなくなったということである。経済的には、今まで金利を生まなかったお金(ドル)が金利を生むようになるということ、裏を返せばお金のコスト(資本コストと呼ぶ)が上がるということである。

もちろん、緩和縮小のタイミングについては十分に検討されるだろうが、たとえば最初の緩和縮小が9月だと早すぎて、12月だとちょうどいいなどという問題ではもはやない。すなわち、出口戦略のロードマップを一度手にした投資家は自らのポートフォリオにそれを反映させようとするだろう。
実際、近視眼的なヘッジファンドがまず動き、群集行動となって5月から6月にかけて世界の金融市場を混乱させた。今後は大きな資金を運用する機関投資家が動くことで、そうした動きがトレンド化していくだろう。
つまり、異例な金融緩和下で供給された低利のドル資金は高いリターンを求めて質の低い資産、たとえば新興国株式やジャンク債などに向かったが、ドル金利上昇・ドル高によってマネーの米国回帰が始まったのである。
一方、流動性や財務健全性、デュレ―ション(平均回収期間)などの面で質の高い資産に対する需要は高まり、平時より高い価格が付けられるだろう。国で言えば、米国株や日本株である。英国やアイルランド、ひとつ飛んでドイツなども強い米国の恩恵を受けそうだ。だから、海外投資家は日本株を買っている。
何よりの証拠に高成長を謳歌した新興国のマネーも日本に逃げてきている。そこには、「日本人が知らない日本株の強さ」がある。アベノミクスにかかわらず、3年タームで見て日本株は相対的に魅力的であると、世界中の機関投資家が日本に関心を寄せ始めているのだ。
*丸山俊氏は、BNPパリバ証券の日本株チーフストラテジスト。早稲田大学政治経済学部卒業後、三和総合研究所に入社し、クレディ・スイス証券を経て2011年より現職。(ロイター・コラム)>
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