13545 民主政体でなぜ独裁?=「ナチス憲法」Q&A  古澤襄

<-麻生太郎副総理兼財務相のいわゆる「ナチス憲法」発言が物議を醸している。
ドイツは第1次世界大戦(1914~18年)の敗北に伴って帝政が崩壊し、当時の欧州の中で最も進歩的な民主政体とされるワイマール共和国が成立した。その進んだワイマール憲法下で実施された選挙で、ヒトラー率いるナチス党(国家社会主義ドイツ労働者党)が第一党の座を獲得し、独裁体制へ突き進むわけだが、麻生氏が言うような「ナチス憲法」といったものは存在しなかった。ナチス政権の下でも、ワイマール憲法は形骸化しながらも残っていたのであって、「ナチス憲法」に取って代わられたわけではない。
-どうしてヒトラーはそんな民主的な憲法の下で、独裁体制を構築できたのだろうか。
1933年1月のヒトラー内閣成立直後の3月、国会で「全権委任法」が可決された。これは政府に立法権を委ねる法律で、ヒトラーはこれによってワイマール憲法を無視し、大統領の承認や国会の制約も受けずに国を支配することが可能になった。当初は時限立法だったが、更新が繰り返され、ナチス独裁に正当性を与える法的根拠となった。全権委任法は、国会議席の3分の2以上の賛成がなければ成立できない法律だったが、ヒトラーの政治工作によって圧倒的賛成多数で可決された。
-ナチスはユダヤ人迫害も法律にのっとって実行していったのか。
その通り。全権委任法成立後、ナチスはユダヤ人迫害のための法律を次々に施行した。同法成立直後の4月には、非アーリア系(ユダヤ人)の公務員らを強制的に退職させる法律も制定された。ユダヤ人の社会権・生存権を否定する立法・政令は枚挙にいとまがないほどだ。反ユダヤ立法の最たるものは35年のニュルンベルク法で、ドイツ人との結婚を禁じるなどユダヤ人からあらゆる権利を剥奪した。
-全権委任法がヒトラーの暴走を許したわけだね。戦後のドイツはこの教訓をどう生かしているのだろうか。
ワイマール憲法は実質的に、全権委任法の成立を可能にしていたと同時に、危機に際して国家元首の権限を拡大する緊急命令発布権を認めていた。これらがナチス独裁に道を開いたワイマール憲法の大きな弱点だった。その反省から、戦後のドイツ基本法(憲法)は為政者への全権委任を認めていない。また、改憲は連邦議会の3分の2以上の賛成で可能と規定されているが、基本的人権や三権分立の保障を定めた条文の改正は決して認められていない。(時事)>
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