英ロイターは 国際政治学者イアン・ブレマー氏による<<アメリカの中東和平工作が”蜃気楼”>>とする痛烈な論評を掲げている。
<[31日 ロイター]米国務省は28日、イスラエルとパレスチナによる中東和平交渉が約3年ぶりに再開されると発表した。両者を説得して交渉のテーブルに着かせたケリー国務長官は、9カ月以内に和平合意を結ぶことを目指すと意欲を見せる。
交渉再開は確かに素晴らしい功績であり、ケリー国務長官の不断の尽力があったからだと言える。だが、もし米国がこれによって中東情勢を変えられると考えているのなら、それは間違いだ。
理由は2つある。1つは、そもそもイスラエルとパレスチナの直接交渉がうまくいく見込みが低いこと。そしてもう1つは、仮に交渉が成功しても、中東の他の地域で起きている紛争を鎮めるまでの影響力はほとんどないことだ。
中東はさまざまな紛争を抱えているが、そのほとんどがイスラエル・パレスチナの問題とは無関係に存在するものだ。エジプトやイラクでの各派の対立、犠牲者が10万人を超えたとされるシリアの内戦、そしてイランの核開発プログラム。イスラエルとパレスチナでさえ、自分たちの問題以上に他の地域の情勢を懸念事項と捉える節がある。
誤解しないで欲しいのは、交渉成功の可能性は決してゼロではないということだ。ただ、イスラエルとパレスチナの和平プロセスは過去、始まっては頓挫するという歴史を繰り返しているのも事実だ。
では、最も大きな構造的問題点はどこにあるのか。
オバマ政権の新たな中東和平特使となった元駐イスラエル大使のマーティン・インディク氏は、パレスチナの穏健派組織ファタハの代表としか協議を進めないだろう。2006年の選挙でイスラム原理主義組織ハマスが勝利して以降、パレスチナは二分されており、ガザ地区はハマスが、ヨルダン川西岸はファタハが実効支配している。
ファタハがイスラエルとの和平交渉を行い、最終合意を出すということに関して、パレスチナでは正当性を欠くとの声も上がっている。これ以上、外交の場からハマスを遠ざければ、ハマスが交渉の邪魔をする可能性も出てくる。交渉で重要な進展が見られれば、ハマスが武力を誇示してそれをつぶしにくることも考えられる。
また、強い経済と比較的平和な情勢に支えられているイスラエルのネタニヤフ首相にとって、交渉の場に戻る動機は実際ほとんどないと言えよう。パレスチナ側が国境線の画定について1967年の境界を基準にするよう主張しているのに対し、イスラエルは応じる姿勢を見せておらず、入植地の拡大を続けている。
過去10年ほどで、イスラエルの左派政党は力を失い、世論も和平プロセスに幻滅してきた。こうした流れは、パレスチナとの交渉に消極的な中道右派政権が生まれることにもつながった。
イスラエルは先に拘束中のパレスチナ人104人の釈放などを決定したが、おそらくこれは米国の後ろ盾を約束しているケリー国務長官へのパフォーマンスに過ぎないだろう。ネタニヤフ首相が180度方針転換することの表れだとは言えない。
米政府はイスラエルとパレスチナが直面する大きなハードルに気づいている。にもかかわらず、ケリー国務長官が和平交渉を進めたのはなぜか。
そのカギは、イスラエル・パレスチナ問題が不安定な中東情勢の要だという「誤解」にある。この問題を解決しなければ、他の根深い問題も何1つ解決できないという考えだが、今ではこの認識は明らかに誤りである。
イスラエルとパレスチナに平和が訪れたとしても、イランの核開発プログラムをめぐる緊張が和らぐことはなく、シリアの惨状が改善するわけでもない。エジプトを元通りにすることもできないし、内戦状態に入りそうなイラクを軌道修正することも不可能だろう。中東には今や、それぞれ比較的独立した危機が渦巻いており、ほとんどがイスラエルとパレスチナには関係のないことだ。
さらに皮肉なこともある。イスラエル・パレスチナの和平交渉に失敗しても、政治的には打撃が小さい点だ。エジプトをめぐっては、米国にジレンマがあった。エジプトの安定を求めるなら、モルシ前大統領を解任した軍を支持すれば良いが、民主化を声高に叫んできた手前、民主的プロセスで選ばれた前大統領を支持しないわけにもいかず、米国の立場は揺れ動いている。一方、イスラエルとパレスチナの問題では米国は明らかに仲介役だ。少なくとも米国は和平に向けた「善意」を世界に示すことができる。
オバマ大統領がこれまでの任期中に何かを学んだとすれば、それは「期待値の低さ」こそ味方だということだろう。初めからあまり期待されていなければ、首尾よくいけばサプライズとなり、物事がうまく運ばなくても、何かしらの理由付けが容易になる。イスラエル・パレスチナの和平交渉に関しては、数々の失敗に多くの人が関わってきており、そういう点で米国はこの交渉を進めやすかったと言えるだろう。
イスラエルとパレスチナを同じテーブルに着かせるのは、今年初めごろは期待値はほぼゼロに等しかったが、ケリー国務長官は外交官として類まれなる手腕を発揮してきた。それだけに、交渉が好転する可能性が低く、仮にうまく進んだ場合でも中東全域でくすぶる火種を消すには至らないだろうことは残念だ。(ロイター・コラム)>
*筆者は国際政治リスク分析を専門とするコンサルティング会社、ユーラシア・グループの社長。スタンフォード大学で博士号(政治学)取得後、フーバー研究所の研究員に最年少で就任。
その後、コロンビア大学、東西研究所、ローレンス・リバモア国立研究所などを経て、現在に至る。全米でベストセラーとなった「The End of the Free Market」(邦訳は『自由市場の終焉 国家資本主義とどう闘うか』など著書多数。
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