英ロイターのコラムで国際政治学者イアン・ブレマー氏が、「世界を見渡すと、ローマ法王のような主要国指導者は3人しか見当たらない」として、日本の安倍首相をその一人に数えている。
三人は安倍首相、中国の習近平国家主席、メキシコのペニャニエト大統領。さて、この三人が”世界の真の指導者”といえるのだろうか。リップ・サービスで終わらねば良いが・・・。
<[15日 ロイター]この夏、ローマ法王フランシスコがブラジルを訪れ、数百万人の人々を魅了しているのを目にした私は、その光景の希少性に気が付いた。困難の山積する機関を司る人物がここにいて、その彼が支持者を結集させている。
法王はカトリックの基本的信条に立ち返り、しいたげられた人々を支え、犠牲を呼びかけると同時に、例えば同性愛者の問題でより進歩的な立場を取ることによって枠から踏み出し、教会の再建に着手した。人々を刺激し、鼓舞し、結束させる、頼りになる指導者だ。
こうした指導者は珍しくなる一方だ。現在われわれが住むのは、支配的かつ持続性のある世界的リーダーシップを発揮する国や国家連合が存在しない、私が「Gゼロ」と呼ぶ世界であり、その大きな理由は、多くの国々が国内においても確固たる指導力を欠いていることだ。
世界を見渡すと、法王のような主要国指導者は3人しか見当たらない。反対派を抑え込み、より強力な役割を自ら切り開き、困難な改革を遂行しながらも、高い支持率をてこに勢力基盤を固めつつある指導者だ。
日本の安倍晋三首相は昨年首相に返り咲いて以来、絶大な人気を誇っている。2006年から07年にかけての首相任期に失望を誘った安倍氏は、力を蓄えて復活し、アベノミクスと呼ばれる経済計画を推進して日本を「失われた20年」から脱出させ、日本国民を鼓舞している。
今のところ、アベノミクスは幾つかの目覚ましい成果を収めつつある。日本の主要企業の第2・四半期決算は利益が前年同期から倍増。同期の個人消費は年率3.8%増加し、日経平均株価は年初から30%以上上昇した。
安倍氏は若く、カリスマ性があり、政権支持率は時間とともに低下しているとはいえ、就任以来ほぼ60%前後で推移している。参院選で与党自民党が圧勝したことにより、彼の指導力にあらためて信任投票が与えられた格好だ。今のところ、日本国民は安倍首相とその政策について、日本が魔力を取り戻す上で近年にない最高の一打だと受け止めている。
中国の習近平国家主席にも同様のことが言える。私は別のコラムで彼の人気について取り上げた。「中国の夢」と題した高揚感あふれる講和、主席がタクシーで出かけて庶民と語り合ったという出所不明の都市伝説、各国首脳と取り交わす魅力的な即興の会話。
最近では、習氏が自分の傘を持ってズボンを膝までたくし上げた姿が写真に収められ、伝説に磨きがかかった。これは無邪気な仕草で、中国市民はその底流に、官僚主義に揺さぶりをかける人となりを垣間見る。中央集権的な政府を盾に、彼は親近感とカリスマ性をない混ぜて人心をつかんでいる。
メキシコでは、ペニャニエト大統領が世界でもあまり類を見ない指導者だ。彼の指導力により、メキシコは過去50年間で発展途上国から先進国に転換した3番目の国・地域になろうとしている。他の2つは台湾と韓国だ。
過去10年間、資源の豊富な多くの新興国を潤してきた資源ブームにメキシコは取り残された。どの政権もメキシコ経済の抱える問題に真っ向から対処できなかった。財政悪化、競争力の低下、膨張し非効率化する一方の公的エネルギー部門などだ。
ペニャニエト大統領が就任早々行ったのは、自らの政党と他の2党との間で「メキシコのための合意」を結び、多様な経済改革を通しやすくすることだった。大統領は現在、税制、雇用、エネルギーの面で改革を遂行している。
大統領の支持率が過去3カ月間で約10%ポイント下がったことを指摘する者がいるかもしれない。しかし有権者は今でも概ね、大統領が掲げる改革課題を支持している。
その上、野党は信じられないほど弱体で、与党連合がしっかり権力を握っている。第1・四半期には景気がやや減速したが、今後は回復が見込まれており、大統領の支持率もそれに沿って上向くだろう。
ペニャニエト大統領が目指すのは、経済問題の解決を進め既得権益の力を弱める上で国家の役割を高めるべく、大統領職の権限そのものを再び強化することだ。そして彼はこの高遠な目標を、鋭い政治的勘と十分な国民の支持を武器に達成しようとしている。
そして、これこそが指導者というものだ。「中国の夢」であれ、「メキシコのための合意」であれ「アベノミクスの三本の矢」であれ、一つの大義とはいかないまでも、少なくとも共通のビジョンの下に国民を結集させることだ。
大方の国で財政が底をついている今、これを達成するための最良の道は、謙虚に、そして万人が支持する正しく大胆な賭けを行っていくという一握りのポピュリズム(大衆迎合主義)を持って進むことだ。
フランクリン・ルーズベルト、ロナルド・レーガン、ネルソン・マンデラ、ヘルムート・コールといった歴々がこの教えを施してくれている。初期のトニー・ブレア氏でさえそうだ。彼らよりも近代的な指導者らは、それを学ぶだけの賢明さを備えているだろう。
残念ながら、これらの技能は常に伝授できるとは限らず、その実行もまたしかりだ。Gゼロの世界においては、本来傑出してしかるべき指導者が政治的環境によって手足を縛られ、現状を打破できないということがあまりにも頻繁に起こり得る。
*筆者は国際政治リスク分析を専門とするコンサルティング会社、ユーラシア・グループの社長。スタンフォード大学で博士号(政治学)取得後、フーバー研究所の研究員に最年少で就任。その後、コロンビア大学、東西研究所、ローレンス・リバモア国立研究所などを経て、現在に至る。全米でベストセラーとなった「The End of the Free Market」(邦訳は『自由市場の終焉 国家資本主義とどう闘うか』など著書多数。(ロイター)>
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