13888 東京オリンピック招致と放射能  西村眞悟

まず、本日早朝、二〇二〇年のオリンピックが東京で行われることがブエノスアイレスで決まったことを知った。
 
一九六四年の東京オリンピックが、敗戦の焼け野が原から十九年目にして日本の完全復興の象徴となったように、二〇二〇年の東京オリンピックが、日本の歴史と誇りを奪われた戦後体制からの完全脱却と復活の象徴となるように決したい。
東京オリンピック開会式の国立競技場に響きわたった昭和天皇の開会を告げるお言葉を覚えている。天皇陛下は、オリンピックではなく、「オリンピアード」と言われた。
七年後の東京オリンピックに於いて、その時の皇太子であられた今上陛下の開会を告げるお言葉が、同じ競技場に高く響きわたらんことを切に願い申し上げる。
この夏、欧州方面に旅行して帰国した方々に、彼の地の毎日の主なニュースは何かと聞くと、シリアとフクシマだという。
前者は内戦、後者は放射能だ。欧州や米国では、現在もフクシマの原発は連日のニュースなのだ。
これに加えて一昨日は、韓国が日本産の魚介類の輸入を、「放射能汚染」の故に禁止した。これは、日本が放射能汚染された危険地帯だというレッテルと風評を世界に広める、卑しいがまことに効果的な我が国に対する韓流のイメージ攻撃である。
これによって、昨日の晩まで、私は東京オリンピック実現にはかなり悲観的だった。世界は、風評を受けて東京を回避するのではないかと。
それが、一夜明けて東京オリンピック実現を知り、まことに嬉しい。
さて、このオリンピック招致活動をおおっていた暗雲はフクシマの放射能であるが、これは、実に、菅直人内閣の自作自演から始まった自業自得である。つまり、菅直人内閣は、フクシマの放射能は全て危険だと広報宣伝に相務め、放射能が測定されたら、即「放射能漏れ」、「汚染」と言いまくった。
 
菅直人内閣が為すべきだった事は、総理や官房長官や通産大臣が如何に左翼で無能で錯乱しても、福島原発の現場の人々と自衛隊そして消防隊の叡智と勇気と沈着な努力によって危機は克服された、一人の犠牲者もでていない、これが日本の底力だ、と世界に公表し、
現場における決死の努力の象徴的人物である吉田昌郎福島原発所長に国民英雄勲章を授与することだった。オリンピック招致を争っていたスペインは、フクシマの決死の人々に勲章を授与してくれたではないか。
スペインがしてくれたことを、何故、菅は率先して自国民にしなかったのか。そうしておれば、隣国に未だにフクシマの危険性を煽られ風評被害を流される事態は生起する隙もなかったのに。
政府もマスコミも、いつも東日本で放射能が検出されたら「汚染」というが、そもそも放射能があれば、「汚染」なのか。
放射能は地球上のあらゆるところにある。それは太陽から来ている。では、太陽は地球を汚染しているのか。そうではない。太陽こそ生命の源である。太陽のもたらす放射能によって生命は海で生まれた。
その海に、フクシマ原発の放射能が戻っていったしこれからも戻ってゆく。さらに、東日本一帯で、除染、除染といって屋根や道路や山や野原に水をかけたその水も、そこに降った雨も、下水道・雨水道・小川を経て海に戻っていく。
死者が続々と出ている危険地帯の陸から流れでる水が海に入っているのではない。一人の健康被害ももたらしていない陸の水が、東日本から広大な命の海に戻っていくのである。
その水がかえって海の魚介類の生命力を増強し、それを食する人の生命力を増強するありがたい糧になる。
昭和二十年に広島に原子爆弾が投下された直後に「黒い雨」が広島に降った。その雨は、放射能による死者がおびただしく出ている陸を洗い流し河から瀬戸内海に流れでた。
それで、瀬戸内海の魚介類に何かあったか。何もない。閉鎖海域の瀬戸内海でも何もない。いわんや福島沖は太平洋だ。安全だ。
巨大地震直後の二年前の四月、私は福島第一原発に仲間と共に行き安全を確認し「ここは安全だ」とアピールをしようと計画をたて始めた。
すると、同じ四月、札幌医科大学教授の高田純さんが、北海道から青森に渡って、各地で放射能を測定し子ども達の甲状腺を検診しながら東日本を南下して、福島第一原発の正門にワイシャツ姿で立ってテレビカメラに向かって「ここは安全です」と言っていた。
放射能専門家が自ら現場で平服で「安全だ」と言っているので、私などの素人の出る幕はない。加えて菅直人内閣は、付近を立ち入り禁止にしてしまったので計画実行は困難となった。
 
この高田純教授が、発災直後に、科学的根拠によって自ら実証してみせた「フクシマの安全」は非常に貴重な「事実」だったのだ。学者の実践とは、科学的事実を摘出して世に問うことであり、この時、高田教授は、真の意味で学者だった。
 
しかし、この「事実」に基づく住民避難地域の策定や食の安全に関する施策が何も実施されず、反対に菅直人内閣は、いたずらに地域や食品の危険性を煽り住民を投網をかぶせたように大まとめにして郷里から追い出し移住させた。
その果てに、菅は、己の反日政権の延命のために、「反原発」運動に火を付けて人気取りを狙った。
 
そして、この出発点における不純な動機に基づく菅直人内閣による「放射能悪」そして「反原発」のプロパガンダは、この度の東京オリンピック招致にも影響を与えたのである。
この菅直人内閣による、福島原発事故にかこつけた左翼的反原発プロパガンダが、以後現在に至るも、どれほど国富を消尽させ続けているか計り知れない。
また、郷里を追われた人々の被った不自由を思うと、言葉が出ない。
地震の年の七月、猪苗代湖のホテルでお会いした双葉町の九百人の皆様は、お元気だろうかといつも思う。お年寄りが多かった。
従って、この度の東京オリンピック実現を、菅直人が世界に垂れ流した中韓が喜ぶ「日本危険地帯の風評」と国内の「反原発と反放射能運動」からの脱却の切っ掛けにしなければならない。
電力が豊富に供給されなくては、国土強靱化の公共事業も七年後の東京オリンピック開催準備もデフレからの脱却もできないのだから。
杜父魚文庫

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