■宮崎正弘著『取り戻せ!日本の正気』(並木書房)
最近の書店に溢れる、中国問題を中心とした国際問題評論家、経済評論家としての宮崎正弘氏の著書や同氏のメルマガを読みなれている読者からすれば、本書はいささか質の異なる内容の本として受けとめられるであろう。しかし、実はこれが宮崎正弘氏の本来のフィールドなのである。
昭和43年私が大学に入学した頃、渋谷の大盛堂書店1階の新聞紙コーナーに置かれていた「日本学生新聞」を偶然手にしてみると、全頁過激なアジテーションの見出しの活字が躍っている不思議な新聞である。当時全国の大学を席巻していた左翼全共闘に対抗する日本学生同盟(日学同)という民族派学生組織の機関紙であるということは理解できたが、日米安保体制も含めた戦後の日本をヤルタ・ポツダム体制として激しく攻撃しており、それまでの反共保守派とは全く違うカラーであることに驚いた。
これを書いていた人物こそ当時「日本学生新聞」の編集長をしていた宮崎正弘氏であった。やがて私は日学同の集会に顔を出すようになり、斎藤英俊氏や山本之聞氏ら日学同幹部が醸し出す不思議な魅力(それは左翼にも負けない暴力性であったのかも知れぬが)と宮崎正弘氏の文章が持つ魔力的ともいえる煽動性に惹かれるようになり、結局自分も日学同の運動に身を投じることとなったのである。以来今日まで宮崎氏との付き合いは長いが、私が宮崎氏の今回の新著を読んだ感想を以下のように述べたい。
▼北一輝、大川周明、平泉澄を思い出した
まずこの本を読んで私が思い起すのが北一輝、大川周明そして平泉澄である。
北一輝は『国体論と純正社会主義』において日本の歴史は一貫して乱臣賊子の歴史であるとし、明治政府が打ち立てた官製国体論を厳しく批判した。それゆえこの北の処女作は発禁処分を受けたのであるが、北は天皇こそ日本歴史における変革の原理になりうると考え、やがて二・二六事件の理論的支柱となった『日本改造法案大綱』につながり、戦後になって三島由紀夫の『文化防衛論』にもつながると私は考える。
大川周明は『日本二千六百年史』という名文の国史論を残しているが、これもやはり日本の歴史を貫く原理は天皇を戴く国体であるとしている。北一輝や大川周明が思想家であり、革命家であったのに対して、一方戦前・戦時中を代表する歴史家であった東大教授の平泉澄博士は、戦後多くの誤解を受けているが、戦前の官製国体論を「国体賛美史観」として厳しく批判している。
平泉博士によれば、日本歴史は決して国体が安泰盤石であったのではなく、ある時は蘇我氏の専横、ある時は皇位簒奪を狙う逆賊道鏡の野望、また下っては自らの権力確立のために建武中興の大業に叛逆し奉った足利高氏などむしろ乱臣賊子が度々出現する歴史であり、しかしそのたびに必ず尊皇と尽忠報国の士が立ち上がって、国体を護ってゆくという「国体護持史観」を提唱している。
宮崎正弘氏が本書の中で取り上げた和気清麻呂、菅原道真、楠木正成から吉田松陰、西郷隆盛,更には大東亜戦争における英霊に至るまで、それぞれの志士、烈士が日本歴史に残した功績の評価は全く至当なものであると思う。
また単に政治史上の偉人ばかりだけでなく、宮崎氏が交流を持った保田與重郎、林房雄、三島由紀夫、村松剛などの思想家、文化人に関する記述も大変興味深いものがある。
宮崎氏も書いているが、我々が保田與重郎その人と初めて会ったのは昭和45年12月11日の「三島由紀夫氏追悼の夕べ」においてであった。関西から上京して会場である豊島公会堂の控室に現れた伝説の神話的人物を目の当たりにして、その場にいた私は身体が震えるような興奮と感慨を覚えたものである。
▼「安全な思想家はつまらない」
私は宮崎氏がその後「日本学生新聞」において保田與重郎や浅野晃など日本浪漫派の巨人たちを紹介し、また後に創刊された月刊『浪曼』の企画室長として日本浪曼派の復権と再評価に尽力された功績は大であると思っている。
林房雄先生に関する思い出についてもやはり懐かしいものがある。宮崎氏が書かれているように、林房雄先生が書かれた爆弾的著作ともいうべき『大東亜戦争肯定論』は戦後の常識的歴史観に風穴を開けるものであった。
だから当時山田宗睦という左翼評論家が『危険な思想家』という本を出して林房雄や三島由紀夫などを反動的、反民主主義的な作家として攻撃、批判したのであるが、これは全くのやぶへびであった。
「安全な思想家」ほどつまらぬものはなく、「危険な思想家」と呼ばれることは誠に名誉なことではないか。私もこの本で書かれた思想家の本を貪り読んだものである。同書にあげられた竹山道雄や江藤淳などなるほどと思えるのもあったが、石原慎太郎などは後年全くの期待外れであった。
私も学生時代は宮崎氏などとともに正月には鎌倉にあった林房雄先生のお宅に伺った。林先生は我々学生と酒を酌み交わし、談論風発されるのがお好きであった。私も宮崎氏が言われるように林房雄という作家はもっと正しく評価されなければならないと思う。宮崎氏も言われているが、林房雄の伊藤博文や井上馨ら幕末長州の青年を描いた小説『青年』は青春小説としても傑作であろう。
三島由紀夫がこの作品を絶賛したのはさすがである。
最後に本書の題名にある「正気」とは言うまでもなく文天祥が謳い、藤田東湖がこれを引用して「正気歌」を残している。まさに維新回天の歌である。宮崎氏の本書を貫く精神がこの言葉にこめられているのだ。本書の題名である「取り戻せ!日本の正気」はまた本書の巻尾を結ぶ言葉にもなっている。(たまがわひろみ氏は三島由紀夫研究会代表幹事)
杜父魚文庫
14718 書評「取り戻せ!日本の正気」 玉川博己

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