14805 中国の「日米分断」に冷水   杉浦正章

■安倍・バイデンで同盟は一層強まった
首相・安倍晋三と米副大統領・バイデンとの会談で中国の防空識別圏設定を黙認せず、連携して対抗することで一致したことは、日米分断を狙う中国の意図に冷水を浴びせる結果となった。
日米同盟は第1列島線以北に中国を封じ込める長期戦略の下で一層強まる潮流となった。その象徴としての尖閣問題は、今後日米対中国の軍事的対峙の構図で長期化することは間違いない。
バイデンは「現状を一方的に変えようとする試みに対し、アメリカは深く懸念している。この行動が地域の緊張を高め、事故や誤算の危険を高めている」と中国批判を繰り返した。
さらに「同盟関係から出てくる義務について揺るぎない立場で対処する」とも述べ、既に安保条約5条に基づく行動を表明した国防相ヘーゲルと全く同一の歩調を示した。
ここまでは予想通りの展開になったが、最重要の着目点はバイデンが「父が言っていた言葉だが、意図する衝突よりひどいのは意図しない衝突だ」と述べた点であろう。
これは米国がいったん衝突が発生すれば日本側に立った軍事行動も辞さないが、その事態は極東情勢の安定のため何が何でも防がなければならないという、二律背反の姿勢にあることを物語っている。そこから浮かび上がるバイデンの姿勢は「仲介者」としての立場でもある。
これまで日米当局は安倍・バイデン会談を控えて合意内容の調整を行ってきたが、政府筋によると米側が最後まで応じなかったのは「防空識別圏の撤回」であったという。
米紙ワシントンポストも、ニューヨークタイムズもこの点に着目している。WTポストは「一部で中国に安倍とバイデンが防空識別圏撤回を求めるとの報道があったが、バイデンはそのような合意は考慮しなかったと述べた」と伝え、またNYタイムズも「バイデンは日本の中国への撤回要求には応じなかった」と報じた。
これに先立って米国は民間航空会社による中国当局へのフライトプランの提出を容認している。こうした日本の立場とは「ひと味違った対応」を米国が取る背景には、当面の米国の本音が、日中両国による偶発的軍事衝突回避にあることであろう。
中国の防空識別圏設定で日米両国が取り得る軍事行動は、先に指摘したようにソ連による大韓航空機撃墜事件と同様の事態が中国空軍によって引き起こされそうになった場合である。
安倍は「民間人の安全確保を脅かす行動は一切許容しないことでも一致した」と述べたが、これは民間航空機に対する軍事行動は、共同して対処するという強いメッセージを中国側に送ったことになる。日本は航空会社にフライトプランを提出させない以上、政府の責任上も警告を発しておく必要があるのだ。
バイデンは「日本と中国との間の危機管理メカニズムやコミュニケーションのための効果的なチャンネルが必要だ。中国の指導者と会談する際に、具体的に提起したい」とも述べた。
これは「意図しない衝突」を避けたい意志の具体的な現れであろう。安倍との会談でも提起し、中国側にも提起するという流れで“調整”を進めるのであろう。
こうした素人が見ると一見食い違いとみられる会談内容に、中国が好機到来とばかりに日米分断の動きに出ることは火を見るより明らかだ。
既に中国国防省報道官の耿雁生は3日「中国が特別なやり方をしているわけではなく、ほかの多くの国も防空識別圏を通過する航空機の飛行計画の事前通報を求めている」と強調、「ごく一部の国の政府は民間の航空会社に圧力をかけ、通報させない立場を取り続けているのは無益で無責任だ」と、日本だけが非常識な対応を取っているとして強く非難した。
明らかに民間航空機への対応で日米政府に差があることを突いてきているのである。さらに安倍・バイデンで「撤回」要求に至らなかったことも、分断のチャンスとばかりに喜んでいるに違いない。
しかし、中国は安倍・バイデンが発したメッセージを誤解してはならない。両者が「中国の力による一方的な現状変更の試みを黙認しない」ことを確認したことが会談の本質なのである。米国は尖閣への軍事行動は安保条約にのっとって対応するのであり、大局において足並みの乱れはない。
米国の長期戦略は冒頭述べたように中国の海洋進出を尖閣諸島を含めた第1列島線で封じ込めるところにある。これにはいささかの変化もない。中国国家主席・習近平との会談でバイデンは、日米同盟に揺るぎがないことを強調して、誤った行動を取る事へクギを刺すであろうことは目に見えている。
防空識別圏撤回に応じなかったのも、民間機のフライトプランの問題も小異であって言挙げするほどのものではないのだ。逆にバイデンは中国が防空識別圏を南シナ海でも設定しようとしていることも警告するだろう。
日本はこの日米同盟の再確認と国際世論を背景に、中国のさらなる孤立化と譲歩に向けて具体的行動を取ってゆけばよい。(頂門の一針)
杜父魚文庫

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