権力ナンバー2の張成沢が処刑された北朝鮮の粛清ドラマは、かの国の不可解さと血で血を洗う独裁国家の権力闘争のすごさをあらためて印象付けている。
権力トップの金正恩は自ら主宰する朝鮮労働党政治局拡大会議の場で、叔父の張成沢が軍服組に腕をつかまれ連行される姿を壇上から平然(?)と見守った。裁判での手錠姿も公開された。北朝鮮では建国以来、権力闘争による粛清劇が繰り返されてきたが“粛清シーン”の公開は初めてだ。
もうほとんど忘れられているが、北朝鮮は今年春、極端な“言葉の戦争”で今にも戦争が起きるかのような危機を内外に宣伝、扇動した。今回の張成沢粛清劇と合わせ、3代目世襲後継者・金正恩がその体制固めにいかに必死かが分かる。
経験も実績もない、30歳前後という若い金正恩は祖父・金日成とへアスタイル、服装、声、身ぶり…すべてそっくりにして地位を固めようとしているが、血の粛清も祖父をまねたようだ。
スタートから2年の金正恩体制は“恐怖政治”で北朝鮮を統治しようとしているが、これで体制は固まり安定するのか?
「後見人グループの排除や急激な人事などあまりにも性急な唯一支配体制構築の過程は、内部混乱を招き体制安定にも否定的な影響をおよぼす可能性がある」(尹徳敏・韓国国立外交院院長)といったところが順当な見方だろう。
それにしても金正日の実妹で金正恩の叔母・金敬姫を妻とするロイヤル・ファミリーの張成沢はなぜ粛清されたのだろう。
政治局が発表した罪状の中で核心は「革命偉業継承の重大な歴史的時期に党の唯一的領導を去勢した」「党の唯一的領導体系を確立する事業を阻害した」という部分だ。
「党の唯一的領導」とは北朝鮮では最高指導者・金正恩のことを指す。張成沢は金正恩を排除しようとしたというのだ。そしてロイヤル・ファミリーにおける“おいと叔父”の勢力争いで叔父が敗れたのだ。
70歳に近い権力内の大ベテラン張成沢からすると金正恩は“子供扱い”だ。これは当然、金正恩には煙たいし気に食わない。結局、張成沢の勢力・影響力拡大を不利益と考える軍部強硬派など反対勢力が、金正恩と謀って張成沢を排除したということになる。
今回の粛清劇に路線問題がからんでいるかどうか明確ではない。ただ死刑判決文は張成沢を「外部世界が認める改革家」で米国や韓国の政策に便乗したと非難し、罪状には対外経済や経済改革失敗が挙げられている。路線的にいえば変化を目指す“改革派”が粛清されたことになる。
ところで張成沢は軍を引き込んで「政変」つまりクーデターまで考えていたという。“反逆者”の罪状は大げさに発表されるが、それでもこの罪状は北朝鮮でも政変やクーデターがありうることを間接的に認めたものともいえる。
今回の叔父死刑という“見せしめ極刑”は金正恩の危機感を物語っている。今回、政変は未遂(!)に終わったが、未熟な金正恩体制下ではいつ何時、何が起きるか分からないということになる。
外国に逃避中で3代世襲に批判的なヒゲの兄・金正男(キム・ジョンナム)は「私は叔母さまの夫(張成沢)から格別の愛を受けて成長し、今もその方たちの格別の関心のなかにある」と述懐していた(五味洋治著『父・金正日と私-金正男独占告白』)。
もう手遅れだが、金正恩ではなく「金正男+張成沢」でやらせたかったとの思いがひとしおだ。(敬称略・産経「緯度経度」)
杜父魚文庫
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